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海の青

旅先で、その地について書いた本を買う。憧れていたけれど、なんだかんだと選り好みする性質もあって、なかなか思うような本に出会えたことがなかった。

だから、俵万智さんの『青の国、うたの国』を見たとき、これだ! と思ったのだ。タイトルにも表紙にも、一目で惹きつけられた。以前から俵さんの本を読んでみたかったということはもちろん、前日到着したばかりの宮崎駅前で、日向夏の形をした、通称「日向夏ポスト」の横に俵さんの文章があって、宮崎は俵さんの町なのだ、と気がついたことも手伝って、わたしは荷物にこの本を加えた。

本の中によく、若山牧水が出てくる。宮崎出身の歌人である彼のこの歌は、わたしにとってとても思い入れの深い歌だ。

白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ

昨年、初めて大きな文学賞に応募した小説に登場させた歌。結果は落選だったが、自分にとってすごく大切な物語だった。その時の自分にしか書けないものを書いたという感覚はあった。結果にかかわらず、今後も書いていく、と思えたのはきっとそのせいだ。

かなしい、という感情が気になる。ひとはひとのかなしみに、どこまで向き合って分かち合うことができるのだろう。そんなことを考えながら書いていた。

俵さんのエッセイに話を戻す。やはり、住まないとわからないことはたくさんある。俵さんは6年も住んでいたから、旅行中にはありつけなかった美味しそうな食べ物や、方言の響き、宮崎における短歌の立ち位置を豊かに描写する。コロナ禍を感じる描写も多い(最近、その頃を舞台にした小説をよく見かける。みんながマスクや濃厚接触と騒いでいたのが、こんなに早く懐かしいと思うようになるとは)

今日会った友人は、春から社会人になって、配属先の街はまだわからない。知らない街に住むのが楽しみだと言っていた。転勤があると引越しとか大変じゃないかなと思っていたが、俵さんのように、越した街が大好きな場所になってゆくのなら、いろんなところで暮らすのもすてきだ。

これからわたしはどんな街に住むことになるだろう。京都が好きすぎて離れたくないと思ってしまうが、おそらくずっとはいられない。去るのなら、鴨川の景色を一生分目に焼き付けてから。そう思いながら、日暮れどきの四条大橋を渡った。

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