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いのちの輝き

最近、10代後半の娘が輝いてみえることに気がつきました。
髪は柔らかくしっとりして、手も頬もみずみずしくつやがあります。

なんだろう、なんだろうと思っていたらNHKのラジオ番組ふんわりの金曜パーソナリティである黒川伊保子さんが「若い女性が美しくみえるのは、脳がその生命力を快いと思うから美しくみえるのだ」というような趣旨のことを言っておられました。
それを聞いて、なるほど!と思いました。

成長するにつれ、女性の胸が大きくなりウエストが細くヒップが大きくなるのはひとえに生殖に都合が良いからですが、(異論はあると思いますが生き物の本能として)人間の脳は生殖を目的として生きているので、それを美しいと感じるということなんだそうです。

これが男性の場合、肩幅が広く、背が高く、がっしりと逞しくなる姿が美しいと、そのように人類の脳は認識するようにできているということですね。
言うなれば、大谷翔平選手のような姿が男性の理想系なのではないでしょうか。

そして、そうありたい(美しくなりたい)と願うのは私たちが生殖を行うレースに参戦しているから。

でも、生殖のレースから離脱した50代、60代はもう一生懸命に美しくあろうとする必要はないよね、自分が心地よくあることを優先して、美しくあろうとするしんどさから自分を解放してあげようよ、とおっしゃっていました。

確かに親の世代は年を重ねるにつれて、体からは水分が抜けていき、肌や髪はかさつき、体型は崩れていきます。それは自然の摂理であり、それに抗って若さを保とうとするのは疲れます。

娘はこれから一番いのちの輝く時代にさしかかったのだなと思いました。

若い人が輝いてみえるのは、

命そのものの輝き

なんですね。
まさに花が開くように美しいのです。

娘についてそのように話すと、息子が
「じゃあ僕はどんな感じに見えるの?」と聞いてきました。
「君は太陽が昇るように美しいよ」と伝えると息子は嬉しそうにしていました。彼もこれからぐんぐん昇っていくのです。

そして私たち、親の世代は降る一方ですが、それは悲しく嫌なことなのでしょうか。
実のところ沈む夕日や真っ赤に染まった紅葉も美しいのです。桜だって満開よりも散り際が美しい。

美は一つではないということ。

搾りたての牛乳も、熟成させたチーズもどちらも美味しいように、物の価値や美の基準は様々です。
だから一つの基準にとらわれず、自分のステージが変わる折々に見直すようにしてもいいのではないかと思いました。

私も、公共の福祉的な意味でそこそこ身綺麗にはしようと思いますが、これからかがやく娘やその世代の人たちのために、限りある地球の資源を無駄にしないよう、物を使い捨てないで大事に使おう。
そして自分もいつか土に還って分解されいろんなものの素材になる、その日を楽しみにしようと思いました。

死んで土になれるということはありがたいことです。
全てのことを覚えていて、老いず、永遠に存在しつづけるのってしんどいことなのではないでしょうか。

さて、話はドールに飛びますが自分が分解された後、長きにわたって分解されないであろうプラスチックでできたチェリーちゃんのことが心残りです。

彼女の美しさをわかって、愛してくれる人の手に渡って欲しいな。大事なものは沢山ありますが、どのみちあの世には持っていけないですものね。

そんなわけで
Black widow dress
黒の未亡人のドレス

チェリーちゃんは10代後半から20代前半のリアルな女性のボディを作ろうと意図して制作されたそうです。

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