横山小寿々
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私を 想って 第二十話
「もう風邪大丈夫か?」
いつものようにキッチンで篤人が西瓜を食べている。
「一週間? もっとだっけ?」
寧々は丁寧に西瓜の種をスプーンでとっていた。
二人の顔を交互に見る。
「……なんかスッキリした」
西瓜を一口食べると口の中いっぱいに水分が広がっていく。
「わかる! 熱出るとさ毒素でたーって感じでスッキリするよね」
寧々の言葉に、だなっと篤人も頷いた。
「鞠毛に連絡しても全
私を 想って 第十九話
コップの表面についた水滴がテーブルに落ちる。
あれから数分が経ったけど、お父さんはなかなか話そうとしない。涼花さんが「うまく話そう、なんて思わなくていいのよ」とお父さんにアドバイスしてくれたが、父は難しい顔をして固まっている。
私から話そう。言いたくないけれど、言うしかない。小さく息を吐き、口から無理矢理言葉を出した。
「小さな頃、借家の大家さんにあの人……あの人はあんたの父親じゃないっ
私を 想って 第十八話
車が止まる音がした。時計を見ると、妙さんが帰ってから一時間も過ぎていた。お風呂の用意をしようと立ち上がり部屋から出る。ガラガラと玄関の戸が開く音が聞こえた。
すぐに戻るから、と涼花さんが言っていた言葉を思い出し玄関へ向かう。でもそこに涼花さんの姿はなく、代わりにずっと帰りを待ち望んでいた人が立っていた。
「……お父さん」
父を呼んだ声が震える。驚きのあまり、どうしたらいいのかわからなくて立
私を 想って 第十七話
家には誰もいなかった。
自分の部屋にいき窓を開ける。むっとした暑い空気が外へ抜けていく。
目の前の景色を眺めながら、白谷のおばばの言葉や篤人との会話を思い出す。
ずっと心に波をたてないように生きてきた。
自分に起こった出来事は、どこか自分じゃない人の、物語の中の出来事のように思っていた。この先もきっとそんな風に生きていくと思っていたのに。最近は心の中が騒がしい。
ここに来ていろんな人
私を 想って 第十六話
さっきまで雲一つなかったのに、今はうっすら雲が出てきている。
はじめて近くで見た海は大きくて、私も篤人もあっという間に飲み込まれそうな迫力があった。砂浜を歩くと砂に足をとられ、よろけるたびに何度も篤人が身体を支えてくれた。
砂浜には、折れた木が重なりあいながら砂に埋もれていて、昔本で見た恐竜の骨のように思えた。その中には座れそうなほどに立派なものもあって、どこから流れてきたのか不思議だっ
私を 想って 第十五話
翌日、篤人の家に行き、昨夜涼花さんが話してくれたことをかいつまんで教えた。
「だから、お父さんは失踪でもなんでもないよ」
「うーん、そうなのか。でも、本当にそれだけ? 涼花さんは、本当に何も知らないのかなぁ」
「知らないと思う」
まだ疑うの? と、篤人に対して少しあきれた。
「そういえば、篤人って、ここで生まれ育ったわけじゃないんだね」
「うん、そうだよ。あれ? 知らなかったっけ? 鞠毛と
私を 想って 第十四話
その後、涼花さんは和さんに気に入られて、無事結婚した。念願のハーブ園を作り、バイパス沿いの店舗を改築し、カフェをオープンさせた。その頃の仁史さんの体調は、順調過ぎるほど安定していた。このまま回復に向かうんじゃないかと錯覚するほどに。その反面、子宝には、なかなか恵まれなかった。仁史さんはカフェのこともアドバイスしてくれて、和さんには治療をしつつ自宅で仕事をしていると言ってあった。
「まわりからは
私を 想って 第十三話
車は置いてあるが、涼花さんは畑に出ているのか、家の中にはいなかった。
悪いことをしているわけではないのに、私は忍び足で父の部屋へ向かい扉の前で深呼吸する。この家に引っ越してきてから一度も足を踏み入れたことのない父の部屋。そこに初めて入った。
父の部屋は小さな机と本棚が一つあるだけだった。
本棚の中にあの本はなく、夢中になって探していたら、いつの間にか涼花さんが部屋の中にいた。
「鞠毛さん、
私を 想って 第十二話
和さんが倒れたあの日以来、涼花さんと一緒に食事をとっていない。顔を合わせて挨拶するくらいだが、ご飯の用意はしっかりしてくれていた。
何かと忙しそうな涼花さんに迷惑をかけてはいけないと思い、和さんのことが気になっていたけれど聞くことも出来なかった。
今日も寧々の家に遊びに行くことは、涼花さんが病院に行く前に伝えた。
「気をつけて行ってきてね。送ってあげたいけどバタバタしていて本当にごめんね」
私を 想って 第十一話
田舎のひっそりとした神社のお祭りにしては、盛大で豪華なものだった。階段の下から見上げたことしかなかったから、境内が予想以上に広く立派なことに驚いた。
夜店もたくさん出ていて、にぎやかな空間に自然と笑みが浮かぶ。子供の頃、近所でお祭りがあっても外から眺めるだけで、こんな風に誰かとお祭りに出かけたことはなかった。
人混みの中にいるのに、何かを気にしたり、怯えたりしなくていい感覚を初めて知った。多
私を 想って 第九話
気がつくと朝になっていた。カーテンの隙間から勢いの強い日差しが床を照らしている。
「痛っ」
立ち上がろうとして思わず声がでた。
膝を抱えた格好のままだったから、背中が痛い。眠っていたのか、それとも起きていたのか。視界も感覚もぼやけていてよく分からない。
家の中は、静まりかえっていた。
狭い借家にいたときもそうだが、広い家に一人でいると、よりいっそう自分が一人ぼっちなんだと感じる。
昨夜