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【NOVEL】復体 第9話(最終話)
「そういえば、おばぁちゃん」
「ん」
「私、今日、お邪魔すると言いましたっけ」
祖母は皮を剥きながら答えます。
「言ったよ」
「…四時に来ると」
「んだよ」
「…」
剥いたみかんの白い筋を取りながら、祖母は言った。祖母は眼鏡を掛けていますが、難しい顔をしています。目の調節が出来ていないようでした。私は深刻なトーンで話すことは避けることにして、自分のみかんに向かって続けて尋ねました。
「すみません
【NOVEL】復体 第8話
夕食を終え、後片付けを終えた私と祖母は、居間の炬燵で暖を取っていました。祖母は茶箪笥の引き戸に手を伸ばし、茶缶を取り出すと、茶葉を急須に入れます。
「雪道でねぇ…」とだけ言った祖母。
「まぁ、四駆なので…」と私。
加えて、悪路には慣れていますからと強がってみせましたが、祖母は声を立てずに笑っています。
「何時こっちに着いだの」
「三時頃でしたかね」
「んだが、んじゃ順調だったわげだ」と言って、
【NOVEL】復体 第7話
私は家の中に戻ると、すぐさま台所へ向かいました。硝子戸を開けると、祖母は既に夕飯の支度をしており、米を研ぎながら「テレビでも見でらい」と言ってくれました。私は、そうはいきませんと、口の開いた米袋を持ち上げ米櫃の中でひっくり返してやるのです。私は、何を作るのかと尋ねると、祖母はカレーと答えましたので、俎板担当の祖母と、火元担当の私で上手い具合に分業することにしました。
出窓の結露がひどいです。曇
【NOVEL】復体 第6話
祖母が帰って来たのは、五時を回っていました。雪国の寒空は、陽が出ることなく薄暗くなっていくので、余計に日が短く感じます。家の前の砂利を踏む音が聞こえたので、私はすぐ気付きました。ハザードランプの橙色が、カーテンの隙間から漏れてきます。
私は、踵が足りないサンダルを履き、玄関を開けてみると、外は大きな雪片が降っていました。車の後部座席から、のそのそと出ようとしている祖母。その横で運転手が手を差し
【NOVEL】復体 第5話
窓際で二匹の蠅が手を擦り合わせています。
大体、この国の祖父母は、どうして孫に金を渡したがるのでしょうか。彼らが幼い頃、もらっていたのと同様、孫が誕生すれば、世襲的に与えていくものでしょうか。けれど、孫というのは、お金の使い方を分かっていませんよ。将来的な見通しとして、学費を工面してくれるならまだしも、子供に小金を与えるだけではロクなことがありません。私の経験と、周りの連中もそうですが、そうし
【NOVEL】復体 第4話
私は戸口に掛かってある南京錠を外すと、思い切って玄関を開けて「こんばんは」と大きな声で言いました。居間にある時計の振り子の音だけが聞こえてきます。玄関は土間になっており、地面と同じ高さでコンクリートが敷かれています。私は玄関と居間を挟む硝子戸を開け、再び「おばぁちゃん、いませんか」と言いました。二回目の呼び声は、耳の遠い祖母のため、念のため繰り返してみただけです。
室温を察するに祖母は留守なの
【NOVEL】復体 第3話
本来、通い慣れた道なりというものは、運転手の心に隙を与えるものですが、今日に限っては鼓動が早いです。以前であれば、後部座席で悠々としていたわけですが、今回のように、道路標識に意識を向けることに中々のストレスを感じています。何せ私は、若者にありがちなAT限定のペーパードライバーですし、そもそも車の運転が面倒臭いです。
現状を悲観しているわけではありませんよ。言い忘れましたが、私は車で一人、祖母の
【NOVEL】復体 第2話
連中が、生の短さを認識できない理由が二つあります。
第一に、お国柄平和であるということ。
第二に、昨今、若さという物が極めて持てはやされており、尚且つ、教育において若気が許容されているということ。
時間的な焦りは無く、本人がそれに対して無知であり、大人も大人で自身の体感でしか人生を計らないから甘くなっている(ここで指している対象は敢えて言いません)。
確かに、生きることの意味を知らない彼らにと
【NOVEL】復体 第1話
突然ですが、貴方は人を危めたいと思ったことがありますか。私ですか…そりゃ、ありませんよ。自分で言うのも恐縮ですが、私は善意に満ちており、万有のすべてを平等に愛します。社会という網状組織で自活するにあたって、結局のところ、これが誠意として現れると悟ってしまったからです。網の目は蜘蛛の巣のように、もはやどこに繋がっているのか分かったものではありませんから、一つの箇所で真心を尽くしておけば、それがどこ
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