SAPA:文化動態研究

学術誌『SAPA:文化動態研究』出版会です。メンバーによる、批評、展覧会や舞台のレビュ…

SAPA:文化動態研究

学術誌『SAPA:文化動態研究』出版会です。メンバーによる、批評、展覧会や舞台のレビュー、雑感などの記事を配信していきます。本誌の購入はこちらから→ https://booth.pm/ja/items/4795747

最近の記事

パリの路上

 伊藤連  パリで6階部屋というと、まず下宿用の手狭な部屋がイメージされるらしい。建物の屋根がほぼ一定の高さで線をなす街並みだから、屋根裏の階数もだいたい同じになるわけだ。私もいま、10平米に満たない6階部屋に暮らしている。  アパルトマンの2軒先には、クリスタルという老舗のカフェがある。常連のペドロによれば、クリスタルは、界隈の夜を照らすランタンであり、多様な国籍、多様な職業の人間が羽虫のように集まって、混じり合う店である。そういうペドロはポルトガル人のギター講師、私は1

    • キッチンの回想/伊藤連

      伊藤連  昨年の10月にパリに着いて、もう半年が経った。その間も、ほぼ右肩上がりのペースで上昇をつづけるユーロ高(というより円安)には、当然、悩まされている。  1年間の滞在費として某機関から支給された額は140万円だったが、今月の生活費は、家賃を除いても10万円を超えた。別に贅沢をしているつもりはない。2駅分の距離を徒歩で往復し、ベルヴィルの中華スーパーで割安の青島ビールと辛ラーメンを仕入れる日々である(もちろん、酒を飲むな、安いベトナム製ラーメンを買え、という指摘もあり

      • RIP SLYME論〈二〉/柳田寛登

         今回は、2001年から2010年までのRIP SLYMEが論じる対象となる。この期間は彼らのメジャーデビューから、『GOOD TIMES』と『BAD TIMES』のベスト盤2作が発売されるまでに対応する(註1)。この時期には、「楽園ベイベー」(2002)や「熱帯夜」(2007)など「ヒップホップ」としてのみならず、「J-POP」としても知られているようなヒット曲が発表されている。では、この時期の彼ら、すなわち、広く知られている「RIP SLYME」はどのような世界を描いてい

        • 弛緩、人生、糞――『君たちはどう生きるか』感想会

          本記事は『SAPA』メンバーが宮崎駿監督作品『君たちはどう生きるか』について感想を述べあった会での発言を記録したものである(2023年7月26日収録)。参加者は、池田知徳、石野慶一郎、伊藤靖浩、野上貴裕の4名であった。 野上 とりあえず各自がもった感想を順番に話していくという形式で始めていきましょう。 「別の世界」から「別の生」へ(野上) 野上 まず、大叔父の作った世界は、やはり宮崎駿が自分の好きなものを詰め込んだ世界で、彼の好むイメージがずっと流れてくる。これまでの映

          喜劇の日々を生きること――星野源「喜劇」と日常/野上貴裕

          歌詞と音星野源の歌詞はすごい。筆者は普段、楽曲の歌詞について考えることがほとんどない。音楽は音こそが重要なのであり、歌詞についても大事なのは言葉の響きであってその意味ではないと思い込んでいる。なのでしばしば適当に歌詞を変え、元の歌とは似ても似つかない歌を歌っていることがある。かつてガストン・バシュラールという哲学者がフランス語で「戸棚」を意味する « armoire »という語のもつ響きの優美さについて熱弁をふるっていた[註1]が、その気持ちがよく分かる。 « armoir

          喜劇の日々を生きること――星野源「喜劇」と日常/野上貴裕

          坂本慎太郎「君はそう決めた」の詞が感動的な理由/池田知徳

           はじめに断っておく。この曲をいま取り上げる、特別な理由はない。最近頻繁に聞いている素敵な曲の、何に自分は撃たれているのか、書きつけたかっただけである。もとより真剣な論考を残す場でもない。個人的に思い入れの深いものを、自由に語ってみる。それほど長いものにはならないだろう。  曲を聞いてから読んでいただいても、その逆でもかまわない。曲を聞き、それから読まずにページを閉じていただいても、それはそれでよい。 *  どうやら、「君」はこれまでずっと、一人で家にこもってきたようだ

          坂本慎太郎「君はそう決めた」の詞が感動的な理由/池田知徳

          「イメージズ」のメランコリー:カサヴェテス『フェイシズ』についての覚書/伊藤連

            『ガラスの動物園』の長男トムは、夜ごと映画に出かける。多くの読者(観客)から同性愛者と見なされているこの人物の習慣には、どうやら別の動機を伺うこともできそうなのだが、それについてはたしか新潮文庫版の訳者後書きでもすでに指摘されていたからここで触れることはしない。トム本人の語っていた事情を、本を探す手間を省いて、ただ思い起こしてみることにしよう(言い訳めくが、ウィリアムズの作品はつねに、確かめることではなく、思い起こすことに賭けるのだから)。  トムは冒険を求めて映画を観

          「イメージズ」のメランコリー:カサヴェテス『フェイシズ』についての覚書/伊藤連

          RIP SLYME論 〈一〉/柳田寛登

           ジャック・ランシエールによると、近代以後、芸術の担い手が無名の者になった。ランシエールが挙げる例は映画や文学などであるが、現在、誰でもなかったような人々が担い手となるような芸術の形態はヒップホップではないだろうか。では、日本のヒップホップに目を向けると、最も広く知られているグループの一つとして、RIP SLYMEが挙げられるだろう。実際、BIMやJJJ、chelmicoなど、RIP SLYMEが大きな影響を与えたであろうラッパーは枚挙にいとまがない。しかし、このような影響の

          RIP SLYME論 〈一〉/柳田寛登

          青山実験工房 第七回公演〈追善・一柳慧〉レビュー/池田知徳

           2023年5月19日、青山の銕仙会能楽研修所にて、『青山実験工房 第七回公演〈追善・一柳慧〉』がとり行われた。雨ではあったが、楽堂内は超満員で、文字通り足の踏み場もない。  もともと「実験工房」は、1950年代、詩人の瀧口修造の下で、多様なジャンルの若手芸術家を集めてつくられた前衛芸術集団である。その活動を受け、2018年に、能楽師の清水寛二を中心として、「青山実験工房」が発足した。ジャンルを横断した総合芸術という「実験工房」の意匠は、そのままに引き継がれている。  第

          青山実験工房 第七回公演〈追善・一柳慧〉レビュー/池田知徳

          ファンダムと批評家のあいだで──シャフト批評合同誌『もにも~ど』書評/石野慶一郎

           「ファンダムと批評家」と並べれば、一見して取り合わせが悪い(註1)。特定の対象に対するファンたちの熱狂が、批評のある種の冷静さをかき消すように思われるからだ。ときに執拗なまでの熱意は、思考の源泉を沸き立たせ、「考察」をあらぬ高さまでのぼせてしまう。  だが、「エントロピーを凌駕」するほどのその熱を、──「考察」とは別の仕方で──ほかのエネルギーに変換できるとすればどうか。シャフト批評合同誌『もにも~ど』は、アニメーションスタジオSHAFT(シャフト)のファン20人以上が綴っ

          ファンダムと批評家のあいだで──シャフト批評合同誌『もにも~ど』書評/石野慶一郎

          『SAPA:文化動態研究』note開設のお知らせ

           『SAPA:文化動態研究』は、2021年5月以来、これまで3号を出版してきました。各号には、「修復的知」、「さまよい」、「装い」という特集テーマのもと、人文系の大学院生を中心とした執筆者が、それぞれの観点から論考を寄せています。既刊号はbooth上から購入可能です。  これまで『SAPA』の活動は、おおよそ雑誌の刊行に限定されていましたが、より継続的かつ開かれた発表の場を設けたいという考えから、この度、noteを開設することにいたしました。美術展や映画、漫画などのレビュー

          『SAPA:文化動態研究』note開設のお知らせ