成仏親子
父との待ち合わせ場所はいつもパチンコ屋の前だ。
社会人になった娘と父親が再会するという時、通常はどういった場所で待ち合わせるものなのだろうか。
私と会う前にパチンコをすると必ず勝つというジンクスができあがっているから、父は確かに資金を増やして待ち合わせ場所に現れる。
ギャンブル好きの男とは一緒にはなるまいと心に決め、父が増やした資金で美味いものを食べながら近況を話す。
家族で集まる時は虚勢を張っている父も、こういう時は本音で話している。
父は自営で頑張ってきたが、何度か詐欺被害に遭い人生の歯車が狂ってしまった。気は強いが献身的で父のことを真っすぐに想っている母は、それはそれは強くなった。譲り合うことのない衝突が増えていった。
父はちやほやされて頑張る男だ。他に女もいただろう。借金はあるが贅沢の水準は落とさず、食い道楽していた。母が苦言を呈すると、居心地の悪くなった父はどこかに逃亡していた。
父は逃げ足が速かった。昔かららしい。
私は大学進学のため宮城から上京し、そのまま東京に就職した。
一緒に飲む時、父はよく、挽回して母を見返したいと言っていた。
吐く息が白くなってきた秋口、父と私は八王子のおでん屋で熱燗を飲んでいた。
「彼女がいるんだよね」
父が放った言葉だ。
両親は数年前に離婚しているので、彼女がいるのは一応問題ない。両親は今も仲が良いけど。
「子どもが欲しいんだよね」
結婚しなければと焦ったことのない私も、この時ばかりは妙な焦りが生じた。
「お父さんの人生だし、お父さんがしたいようにしていいと思うよ」
と言えるような物分かりの良い娘ではない。
父は子煩悩でよく遊びにも連れて行ってくれたので、仕事のため家にいないことが多かったとはいえ、そんなに不満はない。ぶちギレたこともあるけど。
しかし私の青春時代は、家の借金やら夫婦の衝突やらで穏やかではなかった。
「孫の顔を見せるから私が結婚するまで待ってくれない?」
そう言葉にしていた。
これは果たして本音なのか分からない。
年が明け、バレンタインがやってきた。
私はとくにプレゼントする相手もおらず、自分用に大き目のハンバーグを作っていた。
すると父から電話がかかってきた。
直感で、私にとって良くない知らせだと思った。
「結婚することにした」という知らせだったらどうしよう。
一瞬の迷いで電話に出るタイミングが遅れた。
しかしすぐに折り返した。
繋がらずハンバーグ作りを再開すると、また父から電話だ。
手を洗っている間に切れてしまい、また折り返すが繋がらない。
そしてまた父からかかってきて、出られなくて、折り返した。
父からの折り返しはそこで途絶えた。
その3日後、仕事中に父の訃報を聞いた。
職場のベッドで、心不全のため一人亡くなっていた。
私が父に対面したのは翌日だ。
顔を見ることはできたが実感がわかず、体に触れることができない。
父は私に何を言いたかったのだろう。
具合が悪くて辛かったのか。
怖かったのか。
また東京に来ようとしていたのか。
なぜ、すぐに電話に出なかったのだろう。
孫の顔を見せると言ったのに、相手もいない。
嘘でも父の幸せを応援できなかった、
自分の器の小ささよ。
亡くなった方は、四十九日まではこの世にいるという話を聞いたことがある。
そもそも父は志半ばで旅立ったが、成仏できるのだろうか。
そっちの方が心配になった。
私はとにかく父が無事に成仏できるように供養をすることにした。
私は父と母から生まれ、父と母は祖父母から生まれ、祖父母はその親から生まれ、その親はその親から生まれ、その親はさらに親から生まれてきたのであって、父の供養はそのさらに祖先に感謝をしてからだ。
父は新米の仏さんだ。
後日、方々から、父が夢に出てきたという話を聞いた。
ある時は謝っていたらしい。
またある時は、どこかに出発する予定だったらしい。
またある時は、家族ができていたらしい。
またある時は、一生懸命働くことが家族のためになると思っていたがそうではなかった、もっと家族のそばにいたいと言っていた。
父は逃げ足が早かった。
人の倍の速度で今世を駆け抜けていった。
年金もまだもらっていない。
ギャンブル好きな男とは一緒になるまい。
けれど私は父に愛されたかっただけなのだ。
だから電話に出ることができなかったのだ。
自分の家庭を築いて、その家庭に父のことも母のことも招き入れて、愛いっぱいにする。
孫の顔を見たら父もメロメロになって、乱暴な生き方からは手を引こうとするだろう。
だから私は愛いっぱい生きるのだ。
夢物語に終わった私の本望だ。
私の夢物語も遥か彼方へ成仏した。
そろそろ良い縁があってもいいな。
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