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【法学部の講義】意外と知らない犯罪成立要件

 みなさん、1日に何件犯罪が発生しているか、ご存じですか。日本での1日当たりの犯罪認知件数は計算上、1500件ほどです(以下の警視庁資料より算出)。他国に比べますと、日本の犯罪認知件数は非常に少ないと言われます。しかし、それでも1日に1500件です。

 つまり、普通に考えれば犯罪が起きない日はないと言えます。

 事実、「本日、A駅前で○○をした容疑で職業○○のXが逮捕されました。警察によりますと、容疑を認めているとのことです。」

 なんてニュースを毎日と言っても過言ではないほど耳にします。実際、法学部生でなくとも暴行罪や傷害罪といった言葉は社会常識として知られています。今の時代、小学生でも殺人罪ぐらいは理解しているでしょう。犯罪という概念は否応なしに私たちに関与してくるのです。

 ですが、かかる犯罪は言語を習得するかのようにを覚えられていくため、よくも悪くも犯人の行為が犯罪に当たるか否かを多くの人は直感で判断していることでしょう。そう、具体的にとある行為が犯罪か否かを直感以外で判断する基準を知っている人はあまりいないと思います。
 ですが、法学部に入ると、犯罪成立の具体的な要件を学習することができます。以下に、犯罪成立要件について説明していきたいと思います。


警視庁 犯罪統計資料 令和4年1~5月分(第632号)(閲覧日 2022/7/25)
リンクは本記事末尾に掲示


 そもそも、「犯罪」とはどう定義できるのでしょうか。法学上は「構成要件に該当する違法かつ有責な行為」と定義されます(諸説あり)。ここで、かかる定義を分解すると、①構成要件該当性、②違法性、③有責性、④行為に分割できます。つまり、①~④の要件全てを充足するものが犯罪だと言えます。

 まず、④行為から考えます。犯罪は大前提としてなんらかの行為であることが必要です(「行為主義」と言います)。なぜ犯罪は行為でなければならないのでしょうか。理由は簡単、妄想まで処罰対象とされてはたまったもんではないからです。
 もし妄想まで処罰対象とされたら、いつもムカつく上司を頭の中でボコボコにしただけで犯罪が成立してしまいます。あるいは、性的なことを他人に強要していること想像をしただけで、逮捕されうることになります。
 こんなことになってはやりきれないでしょう。きっと、妄想内で犯罪を犯していない方はいないと思います。人間、せめて頭の中ぐらい自由にさせてほしいはずです。ゆえに、犯罪は「行為」に限定されているのです。

 次に、①構成要件該当性です。構成要件に該当するとは、「刑法典その他の刑罰法規に規定された犯罪類型に当てはまること」です。もう少しかみ砕くと、刑法典に違反する行為を行うことです。
 法律にちょっとばかり通じている人がする、Xは刑法○○条より○○罪、といった話は、およそこの構成要件該当性に当たります。社会一般に理解されている犯罪成立要件はおそらく構成要件該当性です。

 次に、②違法性です。違法性とは、「法的に禁止されるべき状態」を言います。これでは何を言っているのかよく分からないでしょう。正直、違法性の定義はそこまで重要ではないです。それよりも違法性の判断基準の方が大切なので、違法性の有無の判断基準について説明します。

 違法性の有無は消去法で判断します。どういうことかというと、「違法性阻却事由」という事由のいずれにも該当しなければ違法性ありというように消極的に判断するわけです。

 違法性阻却事由をいくつか紹介します。まず、よく知られているものとして、「正当防衛」(刑法36条1項)が挙げられます。
 具体例を用いて犯罪の成否を検討してみましょう。街で知らない人からいきなり金属バットで思い切り殴りかかられたので、相手を素手で突き飛ばし、軽いけがを負わせたとします。
 この場合、相手を突き飛ばした④行為は、傷害罪の①構成要件に該当します。しかしながら、正当防衛という違法性阻却事由に該当するため、②違法性は認められず、結果、犯罪不成立となるわけです。

 他に、「正当業務行為」(刑法35条)が挙げられます。これは文字通り「正当な業務による行為は罰しない」というものです。
 例としてスポーツを用いましょう。格闘技においては、お互いを殴り合っているわけですから、暴行罪等の①構成要件に該当します。しかしながら、正当業務行為として②違法性が認められず、犯罪不成立となるのです。
 また、傷害罪の構成要件に該当し得る、医者の手術も同様に処理されます(学説の対立はあり)。

 このように、世の中の社会的に相当な行為でも①構成要件に該当し得ります。そんな行為を犯罪から除外する機能を有するのが②違法性判断なのです。

 最後に、③責任です。責任とは、「非難されるべきであること」と表現されます。法律界の先生方からの批判を恐れずに言えば、行った行為に対してブーイングをされてもしょうがない状態と考えられます。
 責任という要件が課されるのは行為者に責任がなければ処罰なしという「責任主義」の要請によるとされています。

 責任の中にもいくつかの要件がありますが、ここでは有名な「心神喪失」(刑法39条1項)について紹介します。
 心神喪失の要件は、判例によると、①精神の障害により、②事物の是非善悪を弁識する能力(弁識能力)がなく、又は③この弁識に従って行動する能力(制御能力)がないこととされています。
 つまり、①かつ② or ①かつ③の場合に心神喪失だと認められるわけです。
 そして、心神喪失の場合は「罰しない」(同項)と規定されています。

 社会的には心神喪失者も罰するべきだという意見もあります。しかしながら、そういった意見の是非はともかくとして少なくとも刑法上はこのように規定されているわけです。

 つまり、責任とは、心神喪失等、刑罰を科すべきでないような事情が犯人個人に存在するかといった観点から犯罪成立を限定する機能を有する要件だと言えます。

 まとめますと、犯罪が成立するためには、④行為という大前提の下、①刑法記載事項という構成要件に該当し、②違法性阻却事由もなく、③心神喪失等犯人個人に責任がないと評価できる事情もない場合であることが必要です。

 人権を重視する現代社会においては、かかる4つのフィルターを設けることで恣意的に犯罪が成立するのを防止しています。法律社会を生きる私たちは、①構成要件のフィルターは割と思いつきそうですが、②~④のフィルターは案外浮かばないものだと思います。
 犯罪者という事実はその人の人生に一生影響を与えてしまうというのが現実です。ですから、フィルターが隙間(欠陥)だらけで間違えてフィルターと通過し、犯罪者にされてしまってはたまったものではありません。
 そういったことがないよう、犯罪成立要件というものは、先人の長年の知恵がつまったち密な計算の下に作られているのです。


引用:犯罪統計 令和4年1~5月犯罪統計 2022年 | ファイル | 統計データを探す | 政府統計の総合窓口 (e-stat.go.jp)(2022/7/25)
参考:刑法総論[第2版](日本評論社) 松原芳博



*これは学部生が執筆した記事です。
専門的な助言を与えるものではありません。
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