夏目漱石「こころ」

ここに訪れる方々は、多少なり活字を愛する者だと思われます。「こころ」を読んだことのある者もたくさんいるでしょう。どんな感想を持たれましたか。

私は高校生の時分初めてこの作品に触れたのですが、それはもう大変な衝撃でした。

その頃既に私は読書家だったのですが、この本に出会うまでは本にストーリー性を求めていました。恋愛の歪み、尖った人間性、人の生死。徹頭徹尾一本の線が通っていて、その線をずれることなくストーリーに凹凸を作っていく。そういう本を「良い本」と評してきました。

ストーリー性に関して言えば、「こころ」は傑作には成り得ないと思います。私と先生との出会い→家族との絡み→先生の過去、というストーリーラインは決して卓越したものではないし、形のある盛り上がりもありません。凡庸と評しても構わないとさえ私は考えています。

そこではない。そこではないのです。「こころ」の価値はそこにはありません。

圧倒的な表現力。「こころ」の真髄は表現力なのです。人ではないものを人のように扱う表現技法を擬人法と言いますが、夏目漱石の表現力は、モノ・概念・思想に命を与えます。故にそれらが意思を持って我々読み手に侵入してくるのです。

私は盲目的に「自分は天才だ」と思い込んで文章を書いています。「作家ランク」のようなものを私自身の中に拵えているのですが、そのランクの中で私は相当高いところにいます。自信家だから。全く売れてないのに己をランキングの最上位帯に入れるような私ですら、夏目漱石には一切勝てる気がしていません。(まだわからないけど。私若いし)

今回は故意に、内容には触れず抽象的な紹介をするに留めました。なんのためか。君らにもう一度「こころ」を読んでほしいからです。意思を持たないはずの事象がはっきりとした意思を持って自分に襲い掛かってくるあの不可思議さは、そう味わえるものではありませんよ。ほら、読み始めなさい。


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