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桜と呼んで【ショートストーリー】

 とある大学の書道サークル。そのサークルは、近々学園祭を控えていた。そして、部屋で学園祭に出す出し物を決めていた。
「木下、司会やって」
 健治が言った。
「分かったわよ。なんか案ある?」
 木下桜が言った。
「そうだなあ。たこ焼き屋やりたい」
 真美は言った。
「賛成! 健治はそれでいい?」
「いや、俺は言葉売りをやるよ」
「なにそれ」
「自分の中から湧き出た言葉を、書にして売るんだよ」
「いいね。でも、私達はまだ見習いだから、たこ焼き屋でいいわよね?」
「好きにしろ」
 こうして、桜と真美はたこ焼き屋、健治は言葉売りをすることになった。
 その日の帰り道。桜と真美は、河川敷にいた。
「ねえ。桜は夢ってある?」
「夢? あるよ」
「どんな夢?」
「健治に下の名前で呼んでもらうことかな」
「そっか。たしかに、健治と桜って付き合ってるのに、名字で呼ぶもんね」
「うん。それがちょっと寂しいんだ」
「そっか。いつか呼んでもらえたらいいね」
 そして、学園祭も近づいてきた頃。健治と桜はデートの約束をしていた。
「お待たせ、木下」
「もう、遅いわよ」
「ごめんごめん」
 二人は、駅で待ち合わせをし、ショッピングモールへ行った。
「木下、誕生日だろ?なんか買ってやるよ」
「えー? じゃあ、あのクマのぬいぐるみ買って」
「分かったよ」
 健治は、バイトで貯めたお金で、クマのぬいぐるみを買った。
「そうだ。なんかお願い事はない? なんでも聞いてやるよ」
 健治は言った。
 桜は思った。これはチャンスだと。
「じゃあ、下の名前で呼んで」
 しかし、健治の反応は予想に反していた。
「え? それは無理だよ。ごめん」
「どうして?」
「だって、なんか小っ恥ずかしいんだもん」
「なんでよお」
「分かった。じゃあ、学園祭が終わったら下の名前で呼んでやるよ」
「ほんとに!? やったー」
 こうして、二人は学園祭の日を迎えた。
 たこ焼き屋と、言葉売りは隣で行われた。たこ焼きは、大盛況だったが、言葉売りは全然客が来ていなかった。
「皆さーん。私の心を込めた、言葉はいかがですかー?」
 しかし、一向に客は来なかった。そして、学園祭は終わりを迎えた。
「どうだった?」
 桜が健治に聞いた。
「まあ、一枚は売れたよ」
「そっか。私ボロ儲けだったよ」
「いいなあ」
「そうだ。私の儲けた金でレストラン行かない? 奢るからさ」
 こうして、桜と健治はレストランへ行った。
「いらっしゃいませ」
 ウェイトレスが挨拶をする。
「二名行けますか?」
「はい。どうぞ」
 そこは、洒落た雰囲気のレストランだった。
「ご注文お決まりになりましたら、お呼びください」
 桜と健治はメニューを見た。
「ステーキ五千円だって! 高い!」
「本当に払えんのかよ」
「大丈夫よ。たくさん儲けたから」
 二人は店員を呼んだ。
「じゃあ、黒毛和牛のステーキを二つと赤ワインをください」
「かしこまりました」
 二人は料理が出てくるのを待った。
「お待たせしました。黒毛和牛のステーキです」
 二人は喉を鳴らした。
「こちらが、赤ワインです」
「いい香り〜」
 桜は言った。
「ごゆっくりどうぞ」
 二人は、目の前でジューっと音を出すステーキにかぶりついた。
「美味いっ!」
 健治は思わず声を出した。
「来てよかったね」
 桜は言った。
「そうだな。ありがとう。木下」
 桜はその言葉に引っかかった。
「ねえ。学園祭終わったら、下の名前で呼んでくれるって言ってたよね?」
 健治は、はぐらかす。
「え? 言ったっけ?」
「言ったじゃない!」
「いや、また今度な」
「約束したでしょ! 約束破るの!?」
 桜は、机を叩いた。
「ごめんごめん。また今度呼んでやるから」
 しかし、桜は泣きながら言った。
「私達付き合ってるんでしょ、、名前ぐらい呼んでよ、、」
 健治は流石にまずいと思い、とうとう下の名前を呼ぶことにした。
「分かったよ。今までごめんな。さく、、、」
 健治は、その続きを言わなかった。
「どうしたの?」
「いや、ごめん。悪かったな。さく、、、」
 また、言葉に詰まっていた。
「え? 呼んでくれないの?」
「いや、呼びたいんだけど、なぜか呼べないんだよ」
「どういうこと?」
 すると、健治が何かに気づいたように言った。
「あっ、言葉を売ったからだ」
「え?」
「ほら、この文字だけ売れたんだよ」
 そう言って、健治は"桜"と書かれた紙の写真を見せた。
「てことは、言葉を売ったからその言葉を使えないってこと?」
「そういうことだな」
「じゃあ一生私の名前呼べないじゃない!」
 健治は申し訳なさそうに言った。
「ごめん。木下」
 しかし、桜は笑った。
「はははっ。そっちの方があなたらしいわ!」
 二人はその後も仲良く、付き合っていくのだった。

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