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月の幻【ショートショート】

 いつものように朝目覚め、いつものように会社へ行く。今日もいつもと変わらない日になる、、はずだった。
 会社へ向かうため、通勤ラッシュの混み合った時間に、駅で電車を待った。ベルと共に電車がやってきて乗客は電車へ乗っていった。しかし、一番前に並んでいた人が、何故か微動だにせず立ち尽くしていたのだ。僕は、おかしいと思いその客に声をかけた。だがその客は、無反応だった。
 電車が出発するので僕は電車に乗った。そして、目的の駅で降りた。その駅で、普段通り改札を出ようとすると、僕の前の女の人が、急に立ち止まった。僕は不思議に思いながらも、改札を変えて外に出た。そして、会社へ着くと朝礼が始まった。ビルの外では、窓拭き業者の人達がゴンドラに乗って窓を拭いている。しかし、その手は動いていない。そして、社長の挨拶だ。
「みなさん。今日も張り切って、仕事に励みしょう。それでは、我が社の社訓を読み上げよう」
「我が社の社訓は、、、」
 そこで、社長は固まった。しかし、誰も何も言わなかった。僕は、隣の同僚に声をかけた。
「なんか今日おかしくないか?」
 しかし、同僚は何も答えなかった。僕は、同僚の肩を叩いた。
「おい、聞いてんのか?」
 すると、同僚は肩を叩かれた反動でそのまま地面に倒れた。そして、倒れたまま固まっていた。その肩を叩いた感触は、プラスチックのような感触だった。僕は怖くなり、外へ出た。コンビニへ行くと、レジ前の客が微動だにせず並んでいる。そして、店員は商品を持ちバーコードをかざそうとしたまま固まっていた。そして、道行く人は足を広げ次の一歩を出さないままその場に立ち尽くしていた。僕は、気が動転し気を失った。

 目覚めると、満月の夜だった。僕は、道端でずっと寝ていたみたいだ。周りを見ると、相変わらず人々は微動だにしていない。
 僕は、空を見上げた。すると、何かが降りてくるのが見えた。そして、徐々に姿はくっきりし始め、その男は僕の目の前に着地した。
「こんばんは」
 男は紳士的な口調で言った。男は、黒いタキシードを着ていて、頭にはハットを被り、手には杖を持っていた。
「誰ですか?」
 僕は聞いた。
「私は、月の使者です」
「月の使者?」
「はい。あなた、今朝変な体験をしませんでしたか?」
「ああ。みんなが急な動かなくなって、、」
「それは、私のせいなんです」
「どういうことですか?」
「この世界は、現実ではありません。私が作った、いわば作られた世界なんです」
「作られた世界?」
「はい。この世界の時間は、現実と連動しています。そして、私は月の力を使いあなたに幻を見せていたんです」
「どうしてそんなことを?」
「あなたは今、現実世界では寝たきりなんです。しかし、そろそろ、目覚める時が近づいているようです。それで、今朝は幻術が解け周りの人々が固まったのでしょう」
「なるほど。じゃあ、俺はそろそろ現実に戻れるってことだな?」
「はい。そうです」
 すると、僕はだんだん眠たくなってきた。
「なんか眠たくなってきたよ」
「そのままお眠りください」
 言われるがまま、僕は眠った。

 目覚めると、そこは病室だった。
「お父さん?」
 そうだ。僕には息子がいたんだ。
「あなた?」
 そうだ。結婚して妻がいたんだ。
「ただいま」
 僕は二人に言った。
「やっと目覚めたのね、、」
 妻が泣きながら言った。
 そして、僕はベッドから立ち上がり、二人を抱きしめた。
「お前達、、、ん?」
 手から伝わってきたその感触は、プラスチックのような感触だった。

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