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ジャズを聴く夜

昨年のこの時期、ピアノジャズを聴くためにヒルトン東京のだだ広いバーへ行った。普段は小さくてバーテンダーとの距離の近い所にしか好んで行かないというのに。ほんの気まぐれだった。
相手はジャズピアニストの息子で、わたしの学校の先輩であり、職場の先輩であると同時に手品の先輩でもあった。パッと見てわかる見目の良さ等なかったが、独特の気品があって、手つきの非常にうつくしい人だった。私は自分の出来うる限りの手品のほぼ全てを彼から習ったし、お酒の美味しさも彼から教わった。

私達はまだバーで飲むには少し早い時間にふらりと立ち寄った。
彼は柚子のフレッシュカクテルを、私は柘榴のフレッシュカクテルを頼んだ。軽く乾杯して煽る。
甘くて苦い不思議な酒だった。口当たりは柔らかく、それでも喉元を滑り落ちる瞬間の焼ける様は間違いなく酒のそれで、飲むほどさらに飲みたくなる不思議なのみものだった。
私達は酒でいくらか朗らかになって、軽く手品の話をし、内いくつかの技法について実技を交えながら意見を交換した。
幸せな夜だった。

今度私は、表参道のジャズバーに行く。
相手はジャズピアニストの息子で、私の職場の後輩だ。そんなシンクロから去年のことをふと思い出した。なつかしい。

私は彼のいる職場を去ったし、手品も辞めた。もう二度と触ることはないだろう。彼のいない今、私が手品を見せる相手はほぼいない。

部屋のオーディオプレイヤーからは、I Love You Porgyが静かに流れている。

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