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【短編小説】吸血鬼との深夜の対談

あらすじ
 深夜の公園で、恵太は岡倉と名乗る一人の吸血鬼の老人に出会う。
 老人は若かりし頃、愛する人との永遠の恋を求めて、自らを不老不死の吸血鬼に改造したらしいのだ。
 しかし、愛する人はこう言ったという。
 私……岡倉さんが40歳になった姿を見たい。70歳になった姿が見たい。そして、岡倉さんにも見て欲しい……私が可愛いおばぁちゃんになった姿を…… 
 


    

   吸血鬼との深夜の対談


 深夜の公園は、吸い取り紙を押し当てたみたいに、ひっそりと静まり返った。
恵太は自転車を降り、タバコに火を点ける。昨今、昼間の時間帯なら非難されかねないが、真夜中の一時過ぎとあれば、許してもらえるだろう。

 そう。不意に目が覚めたのだ。この所、訳も無くこの時間帯に目が覚める。普段なら、ウイスキーのダブルをストレートのまま呷って、再び布団に潜り込む手順ながら、バイトの定休日とあって、ふと思い立ってのポタリングを決め込んだしだいであった。

 こんな時間帯に外出は初めてといっていい。
 寝静まった夜更けの町並みは、日常の塵埃が洗い流され、いっそ素顔を曝しているように見える。自販機や家々の常夜灯にしても、本来の役割から開放され、この世ならざるものの面影を醸しているように……

 どれほど走ったのかもも定かならず、ふと前方に開けた公園が、なんだか貸し切りの野外舞台みたいに感じられ、誘われるままに踏み込んだしだいであった。

 紫煙を空に向かって吹きかけてみると、「煙たいぞ」と言わんばかりの星月夜が、天空に広がっている。はて、都会でこんな夜空に出くわすとは思ってもいなかった。月は見当たらなかったが、星々は息吹くがごとく満天に揺れ輝き、それぞれ思い思いの命の色に燃えているいるようであった。
 タバコを携帯用の灰皿でもみ消し、とりあえずベンチでもとあたりを窺って見る。
 砂場、ブランコ、ジャングルジム……そして咲き始めた桜が星明かりを受けて、人間ふぜいには見せたこともないような含羞もて、自室の褥(しとね)で夢を見る乙女にも似た色を湛えている。

 ようやく、鉄棒の脇にベンチを見つけ歩を進めると、ついそこに一人の老人と思われる人物が先客として痩躯を丸めている。もしかしたら徘徊老人なのだろうか。もしそうなら、見過ごすわけにもいかないだろう。
 警察なりに通報すべくスマホを手に近づくと、

「こんばんは……」

 機先を制するように老人が声を掛けてくる。色白で温厚な顔立ち……80歳はとうに過ぎているように見受けられたが、その笑顔は予想した認知症とは掛け違っている。
「どうです、お掛けになりませんか? 私、岡倉と申します」
 穏やかな物言いに誘われるまま、恵太も笑顔の返礼をもって老人の隣に腰を落とした。何か世間話でも始めるべきなのだろうか。つい口ごもっていると、
「私……実は、吸血鬼なんですよ」
「……!」
 突飛な物言いに言葉を失っていると、
「はっは、安心して下さい。貴方の首筋に噛み付くような真似はしませんから……」
「それを聞いて安心しました」
「驚かれないんですか?」
「いや、一瞬はギクリとしましたけど……まぁ、驚くことなんて、この世には満載ですからね」
「確かに、無名の吸血鬼なんか顔色なしの世の中ですよ。独裁者という社会的吸血鬼が未だに闊歩していますし……」
「ですね。……ところで、やはり人間の血を本当に吸われるんですか?」
「いえ、とうにやめました。禁酒ならぬ、禁血……ですかね。今では、トマトジュースを代わりに飲んでますよ……」
「実は、僕もトマトジュースは好物でして……特に無塩の奴がいい」
「私もですよ。気が合いますねぇ……」
「それにしても、トマトジュースが生血の代わりになるとは、初耳です」
「いえいえ、代わりになんてなりません。血をやめてからかれこれ70数年……この通り老い耄れて、たぶん……もうじきこの世ともおさらばですよ……」
「……」
「やっと、絹子さんに会えるんです」
「絹子さん?」
「ええ、まだ17だったんです……」
 話によると、絹子さんとやらは、岡倉翁の下宿先の娘だという。当時二十歳の岡倉翁は広島の某医大の学生で、密かに「不老不死」の研究に明け暮れていたらしい。絹子さんとは手を握ったことすらなかったそうだが、その口ぶりから察して共に恋心を抱いていたことが察しられた。
「私……絹子さんと、永遠の愛を誓ったんです。『不老不死』なんて、とんでもない研究に興味を持ったのも、そのためでしたよ」
「不老不死は可能だと?」
「はい、いろいろ文献を漁り、まあ教授連中や同学の仲間からはキ印扱いされましたが……結局、自らを吸血鬼に変身させ、永遠の若さと命を手中にする方法を発見したんです……」
 やはり、このジィさん……かなり耄碌しているのか? 恵太にしていささか不安になり、場を去るきっかけを探し始めたものの、岡倉翁の話はどこかこちらを引きつけて離さない。
「……で、私、絹子さんに決心を打ち明けた。二人で吸血鬼になって……永遠(とわ)に生きようって……」
「それで、絹子さんはなんと?」
「私としては、絶対に承諾してくれるものと信じていました。でも、絹子さんはこう言ったんです。『私……岡倉さんが40歳になった姿を見たい。70歳になった姿が見たい。そして、岡倉さんにも見て欲しい……私が可愛いおばぁちゃんになった姿を……』……」
 知らぬ間に、岡倉翁が涙を流しているのに気が付いた。ここで席は立てないだろう。
「実は……私、その時、すでに吸血鬼になってたんですよ!」
 岡倉翁はその事実を打ち明けることを憚(はばか)ったまま、急用で実家の東京に一時戻ったらしい。

「その直後ですよ。広島にピカドンが落ちたのは……」

 それきり、岡倉翁はプツリと口を閉ざし、夜天の星を仰ぎ見るばかりであった。たぶん、星々の中に……絹子さんを探しているのだろう。

 恵太も、軽い会釈を以て、ベンチを立つ……

 家にたどり着く頃には、夜天の星はすっかりと影を潜め、生ぬるい風が頬をなぶるばかりであった。
                
                  了

 

 

 
 

 

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