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ブルーの先は一方通行で4

―青は、藍より青し―

※お立ち寄り時間…5分

幼馴染のつかさが大の字になって寝ている。明日から夏休みだと言うのに、辛気臭い奴だ。

「やっぱり、聞いてたのか」

ほんの数分前、ある種の恋敵でもある『橘先輩』から恋愛相談を受けていた。
橘先輩は、知らない人はいないくらいの美人で、言わばマドンナ的存在だ。理由は分からないけど、何故か『橘先輩』から好意を寄せられていて、何だかんだ授業が終わると、一緒に図書室に行き、他愛もない話をし、お昼休みには、中庭でお昼ご飯を食べたりした。

最初は、好奇心と嫉妬だった。

正直に言えば、好奇心3割、嫉妬7割だった。あの日、図書室に行った日、意地悪でもなんでもいいから、華奢な悪意を薄く深く塗って帰るつもりだった。

 『ひとめぼれ』

 つかさの口から、そんな言葉がこぼれ落ちて、これまでの10年そこらはあっという間に砕け散った。勝てないな、そう思った。見事に本能がだだ洩れの理由に。

「ポカリ飲む?」

 アスファルトの上にだらしなく寝転がるつかさに声をかける。つかさは、焦点の合わない瞳をぼんやりとこちらに向けた。邪魔にならないように短く切りそろえられた髪の毛がもぞもぞ動いて、ゆっくり起き上がる。日焼けの痕が眩しい。

「何かあった?」

 理由は、見当がついている。きっと『橘先輩』が告白された話を、つかさがたまたま聞いたのだ。間接的な失恋。未到達の失恋。未定の失恋。

やれやれ、お気の毒さま。

それでも、きっとつかさは落ち込んでいる。疑うことを知らない、呆れるくらい真っすぐで
直向な性格だから。

 結局のところ、『橘先輩』には、意地悪1つできなかった。それは、美人だとか可愛いだとかそんな綺麗ごとじゃなく、好きな人の好きな人を傷つけたくなかったのだ。これこそ、綺麗ごとだ。

けれど、つかさの好きな『橘先輩』を傷つけたくなかった。

 ぼんやりしていた焦点が段々とクリアになって、つかさはようやくこちらに視線を向けた。グーンと背伸びをしてから、ゆっくりと口を開いた。

「いいよな、お前はさ」
「何、急に」
「悩みとかなさそうで」

 目の前で、小さくうずくまるつかさは、感情を押し殺していた。きっと、見られたくないんだ。 

私にも、誰にも。 

インターハイでもそうだった。
悔しいくせに、泣きたいくせに、叫びたいくせに。いつも、全部ひとりで抱え込んで、誰にも頼らないで、一人で解決する。次の日には、馬鹿みたいに笑うつかさに戻っている。こっちの気持ちも知らないで。

「あるよ、悩みくらい」

はっきりさせておきたくなった。
この目の前で緩んでいる男の色を。溢れ出る感情の色を。
青と藍色みたいに曖昧な境界線にしたくなかったのだ。

自分でも驚くほど色のない声が出た。
自分の声だけまるで切り取られたみたいに宙にぷかぷか浮かんでいた。

「いつまでも幼馴染のあゆむじゃないんだよ。
そうめんも食べれるようになったし
ちゃんと好きな人だっているよ」

『橘先輩』とお揃いで買った黄色のキーホルダーが目に入った。結構気に入っている。
『橘先輩』の言った言葉が頭をよぎる。荀子の勧学を真似て言っていた、あの言葉が。

『青が恋人なら、藍色は幼馴染。似て非なるものだね』

本来の意味は全く違う。
けれども、恋人と幼馴染は、似て非なるものなのだ。

いつか、つかさにも恋人ができる。

それは、天地ひっくり返って『橘先輩』かもしれないし、全く別の人かもしれない。もう、こんな風に簡単に触ったり、喧嘩したりできなくなるのだ。

「甘えんなよ」

夕日が滲む。嫌になるくらい滲む。

宙に取り残された独り言が、
本当にそれでいいの?

と寂しげに私に問いかける。

それでも。

それでも。

 幼馴染は、これでおしまい。

緩く続いていた境界線に線を引く。
青は青で、藍色は藍色。私たちは、どこまでいっても藍色なのだ。

でも。

でも。

この「好き」って気持ちは、すぐにどこかの誰かと代替がきく「好き」じゃなかったこと。

あいつの人生丸ごと受け入れられるくらい「好き」なんだってこと。 

私が、お気の毒さま。

間接的な失恋。 
未到達の失恋。
未定の失恋。

失恋なんて、そんな大層なものじゃないか。
だって、始まってもいなかったんだから。

帰り道に行けるくらいの距離だったのにね。 
なのに、寄り道ばっかりしてたね。

「橘先輩、何してるかな。」 

私は、夕日に隠れるようにして、帰路についた。
鮮やかな夕焼けだった。

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