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フィレンツェの大聖堂の建設を支えた肉料理

牛肉の煮込みインプルネータ風
Peposo all'Impruneta

ペポーゾ(Peposo)という料理がトスカーナにある。600年以上存在する古いレシピで、ビーフシチューの原型みたいな料理。牛の硬い部分の肉を赤ワインで長時間煮込むというシンプルな料理で、トスカーナ地方のレストランのメニューの中に発見する確率は高い。この料理には興味深いエピソードがある。初期イタリア・ルネッサンス建築の偉業であるフィレンツェの大聖堂のクーポラを作った職人たちがこの料理を食べていたという事実。
 フィレンツェの大聖堂は13世紀に着工したものの、そこに載せるクーポラがあまりにも巨大になるため、当時の工法では実現不可能で、長い間クーポラが載せられないまま放置されていた。長く続いた中世という時代が終わり、フィレンツェにルネッサンス文化が花咲く15世紀になると、ブルネレスキというひとりの天才芸術家が現れ、クーポラの設計を担当することになる。彼は新しく自身で考案したクレーンなどの技術を導入するとともに、それまで職人の勘と経験に頼っていた教会建築の作業を合理化し、職人たちに設計図と建築家の指示を忠実に守らせることによって、建築家自身の言葉で「トスカーナの全部をその影で覆うほど巨大な」クーポラを完成させる。1434年のことである。

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 フィレンツェから20キロほどローマに向かって南下すると、左手の丘の上にインプルネータ(Impruneta)という町がある。ここは今でもテラコッタを焼く工場が何軒もあり、クーポラ建設に使われた総重量2万5千トンとも言われるレンガを大聖堂の建築現場に供給していたレンガの生産拠点である。
 今から約600年前のある日、ブルネレスキが建築現場に行くと、職人たちが昼食のために作業現場を離れ、何百段もある階段を降り、入った食堂で飲んだワインで機嫌が良くなりなかなか戻って来ないので、作業効率が著しく落ちていた。それを見たブルネレスキは、インプルネーターのレンガ工場にレンガと共に、自身も好きな料理、ぺポーゾを工事現場に納品するように言う。この料理、テラコッタ製の鍋に仕込んだ材料をレンガを焼く際に窯の手前の方に放置しておくと言うもの。そうして調理されたペポーソが大量に馬車で運ばれ、大聖堂の建築現場の滑車を使って上で作業する職人たちのもとに届けられたのである。

 どうです?こんなエピソードを知るとこの料理ちょっと食べてみたくなりませんか、なりますよね。
 それでは、高い足場の上で作業に臨んだ職人さん達と同じ料理を食べて15世紀のフィレンツェにトリップしてみましょう。

材料4人前
牛の筋肉部分 1kg
キャンティの赤ワイン1本(760ml)
ニンニク 6片
胡椒の実 大さじ 3
塩、適宜

材料について
牛肉
 硬くて安価な部位を使うとされ、筋肉(Muscoli 英語のMuscle)とだけレシピにあります。この場合、スネ、モモ、スジなどの、焼いただけでは硬くて食べられない部分を指しています。カレーやビーフシチューに使う部分であればどの部分でも良いと思います。
赤ワイン
 これは驚きの量を使いますが、インプルネータの町はフィレンツェから向かうとキャンティワインの産地の入り口に位置する町で、ワインはそれこそ湯水のように使えたでしょう。キャンティのワインはサン・ジョヴェーセというブドウの品種が主に使われていて、全体的に酸味が強い印象。確信はないですが多分この酸味が味に良い影響を与えるのではないかと思い、ここはキャンティにこだわります。コンビニで700円程度の物を入手しました。
胡椒の実
 これも驚きの量ですがこの料理の特徴となっている材料です。胡椒の実は煮込むと辛味がなくなっていきます。

 レストランによってはトマトを使うところがありますが、今回出来るだけ1400年代当時の味に近づきたかったので使っていません。トマトが南米大陸からイタリアに入ってくるのは16世紀になってから。あと100年以上待たなくてはなりません。当然当時の職人さん達は口にしていません。ちなみに胡椒は帝政ローマ時代からすでにインドから輸入されていました。ニンニクは紀元前四千年前にエジプト人が使っていたのが確認されており、その後古代ギリシャ時代には地中海沿岸で広く使われているのでセーフです。

作り方
 牛肉をクルミくらいの大きさに切り分けます。
ボールに肉、胡椒の粒、ニンニクは包丁の腹で潰して芯を取って入れます。キャンティの赤を一本分注ぎます。この状態で一時間寝かせます。
土鍋に移し、あとは蓋をして約4時間弱火で煮込んでいきます。塩は最初にひとつまみ、煮詰まって汁が少なくなった出来上がりの30分くらい前に塩を足して味を調整します。

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土鍋はテラコッタのものがあれば完璧ですが、これだけの量を煮込む大きさの鍋はなかったので水炊き用の土鍋を使いました。

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このくらいの汁の量になったら塩味を決めます。先に塩を入れると煮詰まった時に塩辛くなりすぎる可能性があるからです。もともとトスカーナ料理は他のイタリアの地方より塩分が強く、加えて当時は満腹感を得るために大量のパンと共に供されたといいますので、オリジナルはかなり塩分が強かったでしょう。

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完成した時に残る汁はこれくらい。
付け合わせはこの地方でよく出される白インゲン豆にしました。缶詰の豆を薄く味がつく程度の塩水で茹で、食べる時に塩胡椒、たっぷりのエキストラバージンオイルを回しがけます。

肉はホロホロに柔らかくなり、フォークでほぐれる状態になっています。ほのかに感じるキャンティの香りが官能的。胡椒は煮込むうちに辛味が飛び、噛んだ時にスパイシーな刺激が口に広がります。トーストしたバゲットを合わせてどうぞ。
Buon Appetito !

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