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トークンハウスの歴史


Introduction

この記事はETH Denverでのハッカーハウス、BLH Houseにおける出来事の記録である。そのハッカーハウスでの宿泊券は法定通貨ではなく、ERC-20 tokenによって管理されていた。tokenは人から感謝されることによって獲得でき、資本主義からの脱却のための実験としての一面も持つ。以下ではこのBLH Houseの創成期、過渡期、革命とその終焉について述べたいと思う。

BLH houseの目的

ハッカーハウスの名称はBlue Lock Hacker House, 通称BLH houseである。これはBlue lockというストライカーを排出する日本のサッカー漫画からとっている。宿泊者はETH Denverという仮想通貨のイベントに来ている起業家達である。

BLHの発足の目的としては、以下の3つである。

  • 宿泊者の出入りが活発で、煩雑になりやすいHHの管理をtokenによって行う。

  • 資本主義ではない、お気持ち経済圏の実現可能性の実験。

  • 単純に面白そうだったから。

この目的のもと、宿泊券をtokenによって購入できるようにし、ある一定量払わなければ宿泊できないシステムにした。つまり、tokenの価値は宿泊券に担保されている。

また、BLHではtokenのやりとりをTwitterで視認するため、foteisonというサービスを用いた。

foteisonというサービスを用いると、以下のコマンドで特定の人物にTwitter上でtokenを送ることが可能である。
「@foteison tip @<ID> xx(quantity)」

BLH tokenomics

まずは、BLH houseで用いられたtokenのtokenomicsについて述べたいと思う。

  • 初期発行量: 210,000 $BLH

  • 初期アロケーション: 発起人の6名にそれぞれ3,500 $BLH。ただし、発起人は350USDをairbnbの契約者に支払う。

  • ユーティリティ: 宿泊者は一泊あたり2,100 $BLHを運営アカウント(@BLHdenver)へ送付する。宿泊者の定義は、その日の夜0時にBLH houseにいた人である。また、宿泊代金を支払わなかった人は、次の日以降泊まることができない。

他にも追加発行に関する決まり等があったが割愛する。

創成期(1-3日目)

初期アロケーションが行われ、また、発起人以外にBLH houseに宿泊したい人と発起人の間でフィアットと$BLHの交換があった。

この時期は特にtokenが枯渇することがなく、皆がfoteisonのサービスやゲームに慣れることに主眼が置かれた。

将来の宿泊券の確保のため、人々は$BLHを稼いでいた。料理などの家事を行うことによって、労働力と$BLHの交換をする人もいれば、コーラの提供やUberの注文などによって間接的に法定通貨と$BLHを交換する人もいた。

料理の対価として法定通貨ではなくtokenを払うtweet
お菓子だけでなく創った思い出に感謝するtweet

共通するのは、$BLH tokenが法定通貨との交換によって獲得できるのではなく、HHの他のメンバーに対して扶助を行うことによってその対価としてtokenを得ていたことだ。つまり、人々に感謝される行動をすることによって生活が可能になる。この点でこのBLH houseにおいて、資本主義とはまた別の価値観とシステムが形成されている。我々はそれをお気持ち経済圏と呼んでいた。

過渡期

この頃になると人々はシステムに慣れ、またtoken保有量に不均衡が生じた。生じた最も興味深い現象は、tokenを溜め込む人がダサいという風潮が形成されたことである。tokenを溜め込むということは感謝のお気持ち表現をしていないテイカーであるという認識が形成されたのだ。一方、料理人など明らかにgiveの量が多い人に関しては溜め込んでいてもダサいという認識はされていなかった。

この"ダサい"という認識は、人々の関係によって宿泊券を獲得できるこのHHでは死活問題で、将来的に生活が脅かされる可能性がある。よって人々は何かにつけてトランザクションを行い始めた。典型的なものだと、急にいつもありがとうと言って1000$BLHを送りつけるなど。また、溜め込んでいる人に対してさらに送りつける意地悪な人もいた。

溜め込んでいるHana(@0xJeek)に3000送りつけるsyora

この"風潮"をシステム化するために、宿泊券にインフレーションを起こそうというコモンセンスが形成されていった。インフレを起こすことによって以下の効果が期待された。

  • 溜め込むことのインセンティブが減る。: これによってトランザクション量が増え、人々のやり取りが活性化される。

  • "今日の"労働の価値が上がる。: 既得権益の排除。将来の宿泊券のための$BLHを獲得してしまった人が、今後何もせずとも宿泊できることを阻止し、労働と感謝を促す。

  • 感謝を表明することが有益になる。: 将来にわたって$BLHを獲得することが必要になるので、関係値の構築に励むことにインセンティブが生じる。

これらのことに関してやんわりとした合意形成はされていたが、実際に施行する際には問題が生じてしまった。インフレ率と施行時期の確固たる合意形成が取れていないうちに、運営が変更してしまったのだ。中央集権の悲劇である。

この時点で、BLH houseメンバーは以下のことを認識した。

  • コンセンサスの形成方法と新しいルールの施行方法の明確化をする必要がある。

  • BLH houseに泊まっていないが$BLHを保有する人を含めたコンセンサスの形成方法。(例えば、metamaskのkumavisが遊びに来てくれた時にtokenを送りつけたことがあった。)

kumavisにお気持ちtokenを送りつける図

二月革命

前述の問題を解決するためBLH Houseの住民はハードフォークを行った。目的としては、BLH Houseの住民のみに議決権を与えることと、コンセンサスと新ルールの施行についての明確化である。

新しく定めたこととして、

  • 公示の方法: discord上でフォーマットに従いproposalを出すこと

  • 有権者の定義: 前日の宿泊者

  • 投票の方法: $BLHを運営アカウントに送ることによって行われる。賛成・反対のポジションはdiscord上で表明する。

  • 投票期間: 公示から12時間。

  • 決議の方法: quadratic votingに基づいて計算し、投票力の2/3で採用。

  • 即時決議: 有権者の90%以上の賛成で即時無条件採用。

こちらをまず定め、インフレ施策について即時決議を行った。宿泊料の30%増加/dayである。

二月革命後の混乱

インフレ施策の施行後、元々の供給量・HHの宿泊者の不定さ・高すぎるインフレ率から宿泊のtokenの工面に苦労する人々が現れた。一応追加発行に関する議案が可決されたが、微々たるもので根本の解決には至らなかった。

tokenの工面に際し、労働(家事)やUberの発注等を利用した実質的な法定通貨の交換に人々は勤しんだ。一方で、単純に乞食を行う人もいた。

乞食①
乞食②

そこで、安定した宿泊券を得るために画策する人たちが現れた。syora, askyv, tkgshnによる組合の設立である。

彼らは料理人として長らく労働し、tokenを溜め込んでいたaskyvの資本を元手に事業をすることを考えた。案として、ギャンブル事業・保険事業・金融事業を考え、またエアーベッドを購入し、安価な宿泊券の概念も導入を試みた。

彼らの思惑としては、基本的に宿泊が難しい弱者をターゲットにし、マイナスサムゲームを行わせ、確率的に救うが確率的に破産させるというものだった。破産者にはaskyvが一時的に貸し、金利はtokenのインフレ率を超えた暴利であった。返せなかった場合はドルで清算を行う。

BLH Houseで遂に出た債務者

また、その一方で運営アカウントの管理人(pinokey)がその権力を利用したクーデターを起こそうと画策していた。

  • ギャンブル業・金融業のライセンスシステムの導入。

  • 支払い無しに泊まった人への刑罰の決定。

  • 細かいニュアンスの最高意思決定権。

BLH Houseの終焉

多数の思惑が蠢いていたが、前述の合同会社の一人に対する搾取以外はいずれも水泡に帰してしまった。

何故ならば、あまりにも高いインフレ率のあまり宿泊料を払えない人が続出し、その結果別に宿泊券を購入しなくても泊まっていい風潮ができてしまったのだ。システムの崩壊である。また、ETH Denverでの仕事が単純に忙しく、tokenのガバナンスに時間を割けなかったのも一因であろう。

しかし、我々は確実に今までの人生で初めての経験をしたのだ。それは非常に刺激的で学びが多かった。最後に振り返ろうと思う。

振り返り

まず、"感謝"の可視化とその結果として"テイカー"も可視化するという方法により、資本主義ではない相互扶助型の「お気持ち経済圏」の構築という点で非常に面白い試みであった。最終的に国民の生活が厳しくなってきた場合に、殺伐とはしなかったものの、tokenの奪い合いという平和から遠い部分に帰着した点は悲しくも納得感がある。

また、今まで政治というものに馴染みがなかった私が、集団生活の方針の策定に深く携わったで非常に学びが多かった。この記事では殆ど書かれていないが、一番学びがあったのは大きな意思決定をするためのディスカッションであった。皆起業家で経営者であるため、優先順位の見極めや取捨選択などの意思決定の点で学ぶ点が多かった。この経験のあと、国家や政治が急に身近なものになった感覚がある。

一方で、tokenの設計やコンセンサスメカニズムに関する不備があったり、最終的には社会契約が破棄されるなど多くの問題があった。この点はオフチェーンの限界と執行力の欠如によるものであろう。

AW/FOCGに向けて

私がAutonomous World/Fully On-Chain Gameの分野で事業を行っている原体験は明らかにここである。BLH Houseでのゲームが崩壊した理由は、オフチェーンであることと執行力の欠如である。つまり、フルオンチェーンで行い、スマートコントラクトによって契約とその執行を管理すれば、完全に公平な形のメタゲームが行えるのだ。

フルオンチェーンであることのメリットは、コンセンサスさえ取れればルールを変えられ、ルールに透明性があり、契約に基づき確実に執行されるということだ。

BLH Houseでの出来事はメタゲームであり、いわば政治ゲームと言い換えてもいいだろう。このジャンルのゲームは、スマートコントラクト以前は不完全な形でしか存在し得なかった。国の政治は言わずもがな限られた人の為のものであり、また、彼らにとっても透明性はなかったであろう。一方で、仲間内だけでやろうとしても執行力の点から実現は難しい。

フルオンチェーンゲームは、新しいゲームジャンルであるメタゲームを全ての人々にプレイ可能にする。

社会学/政治学やゲーム理論等への寄与

BLH Houseでの経験は明らかに学びが多く、同様の試みは学生に対する授業の一環として非常に有益なものになるだろう。

同様のメタゲームを可能にするフルオンチェーンゲームは社会実験の場所としてこの上ない。

参加者に協力料を支払うのであれば、世界中の人々を対象に社会実験を行うことができる。
また、フルオンチェーンであるためトランザクション履歴を追うことによって、実験終了後に協力者にのみ報酬を支払い、非協力者には報酬を支払わないことだって可能だ。
このことは世界中の人に労働を与えうる可能性がある。協力的な人間である限り、社会実験に参加でき、報酬を得ることができるのだ。

この実験環境の容易さは社会学・政治学・ゲーム理論・行動経済学・心理学等多くの人文的学術研究に加速度的な発展をもたらすだろう。

Acknowledgement

使用したシステム: foteison(現: TIPWAVE)

foteisonとはTwitterやDiscord上で独自のトークンをやり取りし、コミュニティメンバーのインセンティブや評価をつけることができるシステムである。コミュニティのガバナンスとしても利用でき、コミュニティメンバー間でも容易にTIPし合えることが特徴である。
現在は、TIPWAVEというサービス名になっている。
利用したい場合は飯島まで。

主要な参加者(順不同)

SUIKA, askyv, HANA, jun, tkgshn, chi, kid, yuki, pinokey, masato, syora

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