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ちょっと思い出しただけ

 エンドロールが流れ始めたときに、ため息が出てしまう作品は、私的映画ランキング上位に入る。

誰かがパンっと手をたたいて、夢から醒めたように現実に戻されるような。肩の力が抜けて、ふぅっと天を見上げる。泣きたいわけじゃないのに、こみ上げてくるものがあった。

すこし前にそんな映画を観た。

 思い出って絶対的に美しい気がする。
そうじゃないものは記憶なだけで、思い出には当てはめられない。
なんでもなかった日々こそ愛おしくて、きれいにきれいに毎秒美しいものに書き換えている気がする。
戻れないから、現実ではアップデートできないから。

 映画『ちょっと思い出しただけ』の始まりは、もうすでに2人の関係は終わっていた。
 怪我でダンサーを諦めてしまった照生(てるお)は照明スタッフとして働いている。あるとき、劇場の仕事で片付けをやっていると、ステージ上で踊りだす。
 照生の彼女だった葉(よう)は、タクシードライバーをしている。
 ある日、葉は乗車中のお客様の要望で、お手洗いを借りるため車を停めた。待っている間、建物の中に入っていく。そこで目にしたのは、踊っている照生の姿。
 そこから記憶が巻き戻されていく。物語は、照生と葉の6年間の“ある1日”を遡っていく。

 本当にちょっと思い出しただけの映画だった。
このストーリーに何も望んではいけない。
ハッピーエンドだとか、バットエンドだとか、そんなんじゃない。

夕方の匂いで、部活終わりに一緒に帰った道だとか、
踏切の音で、バレンタインのときに追いかけた先輩の背中だとか、
そういうのがふっと頭をよぎる。
本当にそれだけのこと。

あんなことあったなぁ、こんなことあったなぁ。
って1日が終わり、新しい1日が始まっていく。

明日が来るのが楽しみで仕方なかった日々、
今日が終わるのが怖かったあの時。
そういうのを、歳と共に重ねてきたんだと感じた。

なんてことない人生を歩んできたと思っていたけど、
過去があるだけで、主人公なんだと思わせてくれた。

劇中で葉が言う。
「恋愛映画みたい」

彼や彼女と過ごした時間、
それはすべて映画になるくらいの日々なんだと。

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