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自由と孤独

 再び学生寮で世話になる事になった時の話。
 三人の寮母さんは退去時からそのまま変わっておらず、「あんた、もうわかるな」と云って案内を端折った。
 部屋の様子も相変わらずだったけれど、周りの顔ぶれは随分変わっていて、懐かしい反面、一人で後戻りしたような焦りも感じた。

 戻って三日目ぐらいに、風呂で岩田君と出くわした。岩田君は退去前から面識のあった数少ない寮生である。
「百さん、ちょっといいですか?」
「ん?」
「ラブのこと、聞いてます?」
「何だそれは?」
 ラブとは、木田さんという古株が推し進めようとしている寮内の通貨のことらしい。どうしてそんなものが必要なのか、甚だ判然しないが、寮生は強制的にラブを買わされているのだと云う。

「木田さんが何の権限でそんなことをしてるんだ?」
「あの人が一番古株ですから」
「古株だからって、強要できるものでもないだろう。いりませんと云ったら済むことじゃぁないか」
「いやぁ、そういうわけにはいきませんよ」
 どうやら自分から木田さんに何とか云ってほしいということらしい。出戻りの自分はいつの間にか古株扱いになっているのである。
「云うのは構わないけれど、全体、ここはいつからそんなに上下関係が厳しくなったんだね?」
「前からそうですよ。百さんが自由だっただけですよ」
「え……、じゃぁ、もしかしてそのラブっていうのも前からあったのか?」
「はい。百さんは自由でしたから」
 自由だからで免除されるものなら、みんな自由になればいい。もしかしたら自由というのは云い様で、自分は仲間外れにされていたんではないか知ら。
 そう考えてどんよりしかけたところで、ラブの話を誰も云ってこなかったのは、もう学生寮がなくなったからだと気が付いた。
 それで何だか淋しいような心持ちで目が覚めた。

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