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祭りと逃走

 中三の秋、三年生と二年生の間でケンカがあった。放課後に学校裏の神社で決着を着けると聞いたから、古元と一緒に見物に行った。

 境内には当事者数人の他、自分らのような野次馬が三四十人ぐらいいたように思う。しかし全員三年生で、肝心の二年生が見当たらない。
 緊迫感はまるでなく、縁日でも出そうな雰囲気だったのを覚えている。
「何か、祭りみたいじゃのぉ」
「二年はまだ来とらんのか?」
 そうして古元と話していたら、じきに奥の丘の上へ数人が現れた。
 それが相手の二年生であった。全員バットや木刀を携えている。一方、三年組はその辺で拾ったようなしょぼい竹竿を一人が持っているきりで、他は手ぶらである。
 地の利で劣って武器でも劣っているのだから、よほど按配が悪い。人数ばかりは三年のが多いけれど、当事者以外はただの野次馬で、加勢に来たのでないから当てにならない。
 三年の当事者が誰だったか、もう判然しないけれど、これだけ見物人がいる前で、こんなに不利な状況では、随分困ったろうと思う。
 おいそれと仕掛ければ血祭りにあげられる。だからといって、下級生相手に今さら「なーんちゃって。ケンカはウソよ」とやるわけにもいかない。
 相手はそれをわかっているのか、丘から見下ろしてニヤニヤするばかりである。

 自分は、一向進展がないものだから段々飽きてきた。そうして何となく石段の下へ目をやると、先生が数人走って来るのが見えた。

「おい、やばいで」
 古元に耳打ちすると、古元は「先生じゃ!」と大声で言った。
 それを合図に、野次馬も当事者も全員が蜘蛛の子を散らすように走り去った。
 下から亀山先生が「おい!」と怒鳴った。

 こちらはもうじき受験を控えているのに、こんなことで内申点を落とされてはかなわない。自分は一散に、山中へ逃げ込んだ。神社も学校も山の斜面に建っているから、山へ逃げ込むのが一番手っ取り早い。

 しばらく木々の間を走り抜け、もういいだろうと思ったら、何だか追って来る気配がある。
 きっと学年主任の小松先生だと思った。顔を見られてはシラも切れないから、振り返らないで駆け続けた。
 そうして急な斜面を一気に駆けくだったところで、「ま、待ってくれ」と、何だか情けない声が聞こえてきた。

 振り返ると、まんけだった。
 まんけは「……待ってくれ……」と肩で息をしながら、斜面をゆっくり降りて来た。

 まんけは勿論渾名である。全体どうしてそんなおかしな渾名が付いたものか、それまで接点がなかったから知らない。
 一度吉川君がよく知らずに「まんげ」と呼んだら、当人は「げじゃない、け」と即座に訂正した。
 別にどっちだっていいだろうと思った。

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