猫(hide)と片桐さん
学生寮に住んでいた時分、夏休みに片桐さんや木下さんと遅くまで食堂で駄弁っていたら、廊下を猫が歩いて行った。
いつも餌を漁りにきて寮母さんに蹴散らかされる野良猫である。キジトラで、棒のように痩せていたがお腹だけは大きかった。孕んでいたのである。
何だか気の毒な気がして、餌をやろうと思いついた——今考えると随分迷惑なことだけれど、あの時分にはそこまで考えが回らなかった——。
ちょうど木下さんがバイト先からもらってきたゆでたまごがあったから、それをやるつもりで後をついて行くと、猫はさっと外へ出た。そうして物陰からこちらを窺っている。毎日寮母さんに蹴散らかされているのだから、警戒するのは当然だ。
自分はゆでたまごをその場へ置いて隠れた。
1分ほど待ってから戻ると、たまごはなくなっていた。もう1個置いて隠れたら、これもなくなっている。そうして物陰から「ニャァ」と声がした。それでもう1個置いてやったら、今度は隠れなくても食べにきた。
警戒を解くのが随分早かったから、きっとこれまでにも餌付けする人があったのだろう。
この猫はXのhideに似ていたから、ヒデと呼ぶことにした。
それからはヒデの方でも、餌を食いに部屋の前まで来るようになった。
後になって一度、ヒデが仲間たちを連れて来たことがある。
窓の向こうから「ニャァ」と声がして、カーテンを開けたら5〜6匹いた。寮母さんの目もあることだし、さすがに集会場になるのはまずいと思っていたら、そのうちの1匹がヒデにさかりだした。ちょうど自分は手痛い失恋の直後だったものだから、何だかモヤっとした。そうしてそいつを追い払ったら、みんな逃げていった。
顔を潰したようで申し訳なかったと後で反省したけれど、追い払わずにいつかれても困ったろう。
餌をやり始めてからじきに、ヒデは仔猫を2匹連れて現れた。「お、産まれたか」と思ったら、仔猫だけが駆け寄って来て、ミーミー云いながら足元にじゃれついた。初対面でこんなに甘えてくるものかと感心した。きっとヒデが「あいつは餌をくれるやつだ」とでも云ったのだろう。
ヒデはそれを見ながら、廊下の向こうからゆっくり歩いて来た。
仔猫は2匹とも牛柄だったので、どちらもウシと名付けた。
「どっちもウシじゃぁ、どっちがどっちだかわかんねぇよ」と片桐さんが言った。片桐さんは三重の人だが、そういう喋り方をする。
よかったらコーヒーを奢ってください。ブレンドでいいです。