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縁の地、グレート・ムタ

 小学生の頃、地図帳で近畿地方の頁を開くと、いつもパッと目につくのが吹田と枚方だつた。
 後年、その内の吹田に住むことになった。一度離れてからも吹田は心の拠り所で、数年後に再び舞い戻った。何だか因縁めいたものを感じていたけれど、同様に目についていた枚方へは特に何の縁もないまま今に至っている。だから吹田の縁も、別段地図帳とは関係ない、ただの偶然に違いないと思う。

 先日、娘が学校で使う地図帳がコタツの上に置きっ放しだったから、そんなことを思い出しながら開いてみた。
 こちらの地図帳では吹田も枚方も目立たない代わりに、滋賀の草津が妙に目につく。草津もまた、自分とは一時期縁のあった土地である。

 今の職につく前、製造派遣の会社に営業職で採用されたが、最初の一ヶ月は研修として、派遣先の現場でスタッフに混じってライン作業をやった。その研修場所が草津だった。
 てっきり配属先営業所の得意先へ自宅から通うのかと思っていたから、草津と云われてどんよりしたのを覚えている。

 草津では工場の社宅の隣に、派遣スタッフ用の寮があった。メーカーから一棟丸ごと借りた建物で、昔はこれも社宅だったらしい。ベランダと階段に鳩除けネットが張られていたが、特にベランダも階段の踊場も鳩フンだらけだった。
 一応個室ではあったものの、2DKの一部屋ずつをそれぞれにあてがわれる形で、襖一枚隔てて他人が生活していたりする。だから個室と云ってもあんまり落ち着かない。
 同室の同僚は川本君といった。世話役の担当者は「あの人、あんまり頭良くないから」と苦い顔をしたが、悪いやつではなさそうだった。もっとも、最初に挨拶したきり関わることはなかったから、実際にどうだったかは知らない。

 入寮した晩、コンビニまで歩きながら、木寺と電話で話した。
「派遣会社に入ったら自分が派遣されたよ」と言ったら木寺は随分ウケていたが、「グレート・ムタ対蝶野戦が始まるからもう切るぞ」と言って電話を切った。
 トラクターが公道をゆっくり走っているのに出くわして、何だか随分田舎へ来たように思った。

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