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非人情鉄階段

 小一の時、乳歯が抜けない内に後ろから永久歯が生えてきて、母に連れられて近所の歯科医へ行った。
 歯科医は雑居ビルの四階にあった。変わった構造で、外側の鉄階段をカンカン昇って三階のドアを開けると、部屋の中に螺旋階段がある。受付も診察室もそれを昇った四階にある。
 子供心に、その構造が随分非人情だと思った。
 何しろ「嫌だなぁ」と思いながら外階段を登って、着いたと思ったら受付はまだ先で、そこから内階段で再び「嫌だなぁ」をやらせるのだから不親切だ。覚悟を決めて処刑台へ上がったら、「なーんちゃって、本当の処刑台はさらにこの上でーす」とやられるようなものである。そうすると、一度覚悟を決めたのに、気持ちが途切れて、改めて死ぬつもりにならなければならない。いくら死刑囚だってそんなことをされたらよほど嫌だろう。

 受付を済ませて、怖いなぁ、嫌だなぁと思いながら、まんが雑誌を読んでいたら、じきに名前を呼ばれた。
 診察室へは一人で入った。云われるままに座って口を開けたら、歯科医が金属の器具で歯をカチカチやりだした。
 この歯科医は何だかフランケンみたいな顔をしている。どうもマッドサイエンティストにしか見えない。
 いよいよ怖くなって来て、逃げようとしたら、フランケンの助手が二人がかりで押さえつけた。そうして口を開かせようとするのを身を捩って抵抗していると、突然フランケンにビンタを食わされたから驚いた。
 いよいよ歯医者が嫌になったけれど、おかげで歯はきちんと生え替わった。

 それから数年後、外階段の前で幼い子供が一人でパンツを下ろして排便するのに出くわした。随分立派なうんこだったから、始末に困ったんじゃないかと思う。
 あの子がその後でどうしたかは、もう判然しないけれど、おおよそそのままパンツを穿いて帰ったのだろう。

 この歯科医も今はもうなくなった。
 外階段は鎖で封鎖されて「危険 立入禁止」の札が掛かっている。

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