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仲間意識

 子供の時分から、母方の祖父に似ていると云われてきた。
 自分ではあんまりピンと来なかったけれど、三十六歳の時に香港で撮った写真を見たら本当にそっくりだった。なるほど、これでは似ていると云われるのも無理はないと得心した。

 祖父は禿頭だった。髪質は猫毛だったそうで、実に自分と同じである。だからいずれ自分も禿げるつもりでいる。
 実際そうなった時の備えとして、五十を過ぎた辺りから頭髪を短くした。
 朝の身支度も楽だし、自分では随分気に入っていたけれど、なぜか家族には甚だ評判が悪かった。
 あんまり不評だったものだから、近頃はまた伸ばして左右に分けている。白髪も増えてきて、うまくすれば坂本龍一みたいな感じになれるかも知れないと思っているが、別段なりたいわけでもない。

 大学時代はヘビメタだった。
 ライブハウスに出るのに、髪が短いと対バンから舐められる。舐められてはつまらないから、大いに髪を伸ばしたけれど、それで良かったことはあんまりない。むしろ損の方が余程多かったように思う。
 何しろ、バイトの口がない。たまさか面接を受けたら、「受かると思って来たの?」など、不躾な質問によって迫害を受ける。

 もっともあの時は、こちらも何の仕事だか知らないままで行ったのだからいけない。全体、忙しくて募集をするのに、何の仕事だかも知らないようなのが「働いてほしければ、まぁやってやらんこともないぜ」みたいな顔をして来るようでは、面白くないのに決まっている。
 先方には気の毒なことをしたと、今は思うけれど、思い出すとやっぱりムカつく。だから許すつもりはない。

 ある時、髪を靡かせながら街を歩いていたら、パンクスがポケットティッシュを配っていた。金髪モヒカンで、ピアスをたくさん付けている。耳だけでは飽き足らず、唇にも付けている。
 何だか剣呑だから、目を逸らして通り過ぎようとしたら、パンクスは力強くティッシュを差し出した。
 何も云わなかったけれど、「頑張ろうな」と聞こえた気がした。
 それでこちらも無言のままで、力強く受け取った。
「お互いな」と、彼に伝わったかどうかは判然しない。
 髪を伸ばして良かったのは、こんなことぐらいだったろう。

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