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#6 / 株式会社 吉原農場 取締役 吉原 康弘 さん「人と自然は食べ物でつながっている。それをちゃんと伝えていくのも農家の仕事のひとつだと思うんです」

北海道のほぼ真ん中の、旭川空港がある街「東神楽町」。その東神楽町100人カイギの第1回目の1番目にご登壇されたのが吉原康弘(よしはら・やすひろ)さん。自然と一番近いところにいる農業を営む人として、どんなことを思い、これからどんなことをしていきたいかを聞いてみました。

吉原康弘(よしはら・やすひろ)さんプロフィール
農場の4代目。岩手大学農学部で農業経営経済学を学び、米や小麦、ビート、アスパラ、トウモロコシなどを生産。目指しているのは、人と自然の一番の接点である「食」を支える存在。座右の銘は「できるかどうかよりも、やるべきかどうかで考える」

人と自然は食べ物でつながっている

ーー東神楽町100人カイギにご登壇されたのは、どのような経緯だったのですか?

僕、東神楽町100人カイギの第1回目の一人目なんですよね。
最初、東神楽地域おこし協力隊、つまり東神楽町地域商社の方からこういうのを始めますっていう説明を受けたんです。
東神楽町は農業がメインの街なので、一番始めは農業の方にお願いしたいということでした。もともと商社の方たちとは、地元の農家仲間で八百屋を経営していたり、学校給食で野菜を使ってもらっていたりで結構つながりがあったので、最初に声をかけていただいたようです。
で、100人カイギってなんだろうってよくわからないまま、登壇しましたね。(笑)

――100人カイギ当日はどんなことを話されたのでしょうか。

砂糖の原料、てんさいの収穫 / photo by 農場カメラマン 伊東隼人

(てんさいの写真を見せて)これ、何だと思いますか?っていう質問をしたのですが、この大根みたいなのはてんさいっていう砂糖の原料なんです。ケーキやお菓子には砂糖が入っていますが、食べるときに畑で作られているものを口にしている感覚は、きっとないですよね。実は、砂糖の原料のてんさいも、北海道の畑で作られている農産物なんです。

小麦もそうです。パンを食べてるときに、農産物を食べてるっていう意識はないかもしれませんが、パンやラーメンも立派な農産物なんですよ。僕たち農家は、自然の恵みとしてそれを収穫してみなさんに届けているんです。
人と自然とのつながりは見えづらくなりつつあるけど、実は食べる物で密接につながっているんだよ、ということをお話ししました。

あとは、7~8年前に「空港マルシェ」を開催したことについて話しました。
東神楽町は旭川空港の近くなので、空港側から地元の農家の方と一緒にやりたいと依頼があって始まったプロジェクトでした。旭川市近郊のいろんな農家が集まったマルシェですが、空港なのでいろんな規制があるんですよ。万が一滑走路に飛んで行ったら危ないとか、やりとりがかなり大変で。半年間、毎週のように空港にいってました。
そのおかげで大きなイベントになって、地元のシェフも、忙しい中キッチンカーでマルシェにある野菜を使った料理を提供してくれました。

それから、地元で農家仲間とやっている「HALマーケット」という八百屋形態の直売所をはじめたこと。
東神楽町には道の駅がなくて、地元の野菜を売る場所がないんです。空港でも売れないことはないんですが、空港では日常的に野菜を買いに行くっていうことにならないので、地元の野菜を売るために作りました。

ーー農業のお仕事だけでなく、地域の活動もいろいろとされているのですね!吉原さんの農場では、どんなものを作られているのでしょうか。

メインの作物として路地アスパラ、小麦、とうきび(とうもろこし)、じゃがいもなどを作っていますが、うちの特徴的な作物として、冬のアスパラ「雪アスパラ®」と、小麦「キタノカオリ」があります。「キタノカオリ」は、一度絶滅しかけて幻になりつつある、全国のパン屋さんから支持されている希少な小麦です。
うちは東神楽町の中でも生産量が多い農家のひとつなんですが、この品種にこだわっていて、小麦のほぼ100%がキタノカオリです。東神楽町の中でも、作っているのはうちだけなんです。

幻と言われるほど希少な小麦、キタノカオリ
吉原農場では100%がこの品種だ
photo by 農場カメラマン 伊東隼人

ーーキタノカオリってかなり希少なものなのですね!

酵母や材料にこだわった個人のパン屋さんが全国に増えてきているんですけど、100%のキタノカオリを使いたくても、希少でなかなか手に入らないそうなんです。
うちで小麦は生産しているものの、個人店向けに小ロットで製粉してくれるところがはじめはみつかりませんでした。ご縁があって三重県の製粉屋さんと知り合って、やっと販売できるようになって5年くらいになります。最初は製粉っていう壁のために、なかなか届けることができないという歯がゆさがあったんですが、協力してくれる製粉屋さんと問屋さんのおかげで、全国の個人店にも届けられるようになりました。

うちの小麦を求めている、全国各地のパン屋さんが畑に来てくれるというつながりもできました。たとえば、自由が丘のパン屋さん、C'EST UNE BONNE IDEE (セテュヌボンニデー)さんは、もともと神奈川県登戸のお店ですが、うちが小麦粉を販売し始めてすぐに、是非見せて欲しいということでわざわざ来てくださったんですよ。

また、地元のラーメン屋さんとのつながりもできました。
小麦の収穫時期って、2週間ずっと朝から晩まで小麦の収穫をするんです。雨にあたると小麦が悪くなっちゃうので、なるべく短時間で収穫するためにそうしているんですが、昼と夜、ラーメン屋さんで出前を取るんです。
そのラーメン屋さんが僕らを応援したいって言ってくれて、試作の段階から一緒に試行錯誤して地元産の小麦の麺を提供してくれるようになりました。

パン屋さんにしろ、ラーメン屋さんにしろ、応援してくださるのはとてもありがたいですね。

植物は手をかけ過ぎない方がおいしくなる

ーーちなみにキタノカオリの特長はどんなものですか?

他の小麦に比べて小麦自体の味が濃いです。ホームベーカリーで焼くパンでさえ、小麦をキタノカオリに変えるだけでグレードアップしてリッチな味わいのパンになるんですよ。パン職人さんには、味が濃くて、小麦の風味が高いということで唯一無二の小麦だと言っていただいてます。
北海道ではますやパンさんで、キタノカオリをずっとこだわって使ってくださってました。5年くらい前に、東京にも出店されていました(2021年閉店)が、もともと帯広のパン屋さんです。
北海道でキタノカオリを使ってくださっているところはあまりなかったのですが、最近個人店などで使うところが増えてきましたね。

ーー私も北海道に住んでいたときに、北海道のパンがとてもおいしいことに驚きました! 小麦に特徴があるんですね。

春蒔き小麦の「春よ恋」や「はるゆたか」など、北海道の小麦は種類が多いです。全体的に流通量は少ないですが、特徴的な小麦があるんです。春に蒔いて8月頃収穫する小麦です。

キタノカオリは秋蒔き小麦で、より生育期間が長い。春蒔き小麦は生育期間が短いぶん、天候が悪かったりなど、生育を阻害することがあるとぜんぜん採れないんです。なので、安定的にパン屋さんに供給するのが難しい。秋蒔き小麦は生育期間が長いので、多少何かがあっても長い期間の中でリカバリーができるので安定しています。ただ、キタノカオリは秋蒔き小麦の中では、病気に弱かったり自然の影響を受けやすいので、作るのが難しいとされています。東神楽町は北海道の真ん中にあって、気候が安定しているので、キタノカオリでも他の地域よりは作りやすいんですよね。
東神楽町は旭川空港を作る場所として選ばれるだけあって、気候が安定していて、風も強くないし、雪も比較的少ない。小麦が一番困るのは長雨なので、東神楽町はそのリスクがほぼないんです。

ーー秋蒔き小麦は越冬できるんですね。

植物はもともと強いんです。もともと自然の中で生きるすべを持っていて、それを引き出すのが農家の仕事。植物本来の強さを引き出すことが、味にも出てくるんですよ。

小麦って春に麦踏みをするんです。上に乗っている雪が溶けて、くたくたになっている小麦が日に当たって青々としてきたころに、ローラーで踏むんです。そういうストレスを与えることによって、小麦の茎が太くなるんです。作物は強いですよ。

雪アスパラ®が冬の農家と飲食店を変える

photo by 農場カメラマン 伊東隼人

ーー雪アスパラ®はどのような経緯で作られたのでしょうか。

8年くらい前、地元の飲食店から、冬に地元野菜でメインになる野菜がなにかないかと相談されました。冬の北海道は観光客も多いし、隣の旭川市は飲食店もたくさんあるので、需要があったんです。
北海道は冬に野菜を作れないのが一番難しいところなんですよね。だから、農家さんは除雪のお仕事に行ったりすることが多いんです。それも大事なお仕事なんですが、僕としては冬にも何かしら、飲食店で地元の人たちに食べてもらえる野菜を作りたいという気持ちがありました。これから農場を大きくしてよりよいものを作っていこうと考える中で、やる気がある方を農場に迎えたいのに、「冬には何も作ってません」とは言いたくないと思っていたんです。

うちは祖父の代からずっと春にアスパラを作っているので、冬にもアスパラを作る技術があるということは知っていました。当時うちの父が東神楽町の農協のアスパラ部会の部会長をやっていたこともあり、家族からもアスパラだったら面白いからいいんじゃない?と言われて。それで、一度やってみましょうということになったんです。

冬のアスパラは「雪アスパラ®」という商標を2019年に取りまして、12月から2月上旬くらいまで、グリーンとホワイトの2種類を作っています。

photo by 農場カメラマン 伊東隼人

ーー冬にアスパラっていうのはすごくびっくりしました。北海道では5月半ばくらいからアスパラがあるイメージだったので。

冬に作るとどんなアスパラになるのかなと思っていたら、予想以上においしかったんです。春のアスパラと風味も食感も味も違うので、これはこれで面白いかなと思いました。

夏は作業がたくさんあって忙しくて無理なんですが、冬は夜に納品先の飲食店でシェフと話しながらご飯食べたりできる。ゆっくり話す時間が取れるので、もっと冬のアスパラのよさを突き詰めていくにはどうしたらいいかと話したり。自分が何も作ってない時期だとなかなかそんな話もできないんですが、野菜を納品しながらいろんな情報交換もできるんです。

最近はいろいろとメディアに取り上げていただくこともあります。
東神楽町って冬の作物が少ないので、うちの農場に役場から相談があるんですよね。「あぐり王国(北海道放送)」や「熱烈!ホットサンド!(北海道テレビ)」というテレビ番組にも出ました。

青々としたアスパラガス
photo by 農場カメラマン 伊東隼人

東神楽町という自分の街を、関わる人を通してあらためて知る

ーーご登壇されたときの100人カイギの印象はどうでしたか?

僕はずっと農業のことしか考えてこなかったんですが、100人カイギに参加してみて、東神楽町っていうちっちゃな街に、地元の子どもたちのスポーツ教室をやっている方や、楽器の修理をしてる方、木工をやっている方など、こんなにいろんなことをやっている方がいるんだと知りました。パンフレットに載っている情報ではなく、リアルにその方たちの活動を通して「東神楽ってこんな街なんだ」ということにあらためて気づかされました。

ーーご登壇後、新たなつながりや、いままでの活動に影響はありましたか。

まだ一緒に活動したりはないんですが、100人カイギで知り合えた方とFacebookでつながったりとか、話すようになれたのは嬉しいことでした。今後、それぞれが交わる部分ができてくるのではないかと感じています。東神楽町出身で他の地域で活動されている方も登壇されていて、そこで培った考えや技術を将来東神楽町で活かしたいという方もいて、そうなっていくと面白いなと思いました。

一番面白いと感じたのが、空間の光のデザインをされている林真理子さん。建築の勉強をされて、空間の光のデザインをされている方です。
街は明るすぎても広すぎても光のデザインは難しいらしく、ちいさい街はほどよく暗いからこそデザインができるそうなんです。東神楽町は小さいけど1万人くらいいる街で、近隣の街から人が行きかう街でもある。街に光のデザインをすると、車で通るだけでも楽しくなりますよね。空港から見える畑をライトアップしたら、畑の見え方が変わるのかもと思います。車からも、もしかすると飛行機からも見えるかも。
春夏秋冬で違うライティングをして、いろんな表情を見せられたら面白いだろうな、と勝手に思ってます。(笑)

ーー言ってみたら実現するかもしれないですね!

農場で作業する吉原さん
photo by 農場カメラマン 伊東隼人

「東神楽町だからできること」を突き詰めて考えるのが楽しいんです

ーー今は何に関心がありますか?

100人カイギの登壇準備で自分の活動をまとめているうちに、もっと「東神楽町でしかできないこと」を突き詰めていったら面白いかもと思えてきたんですよね。

東神楽町でキタノカオリが作れる理由のひとつは、天候が安定していたり、空港が近くて全国のパン屋さんに届けやすい立地。交通の便がよくて広い畑があるところって、なかなかないじゃないですか。冬のアスパラを作るにしても、隣に旭川という大きい街があるからこそ、飲食店とのつながりができたり、冬の収穫のパート・アルバイトの方が来やすいんです。雪に閉ざされている地域ではそれもできないですから。

他の方の活動を聞いて、自分の中での「東神楽ならでは」という考えの幅も広がりました。農業だけやってると、自分ができることの延長線上になってしまうんですけど、100人カイギでいろいろな方を知ったことで、農業という立場からもっといろんな方たちと一緒にできる「東神楽町だからできること」があるのではないかと考えるようになりましたね。

ーー今後チャレンジしたいことはありますか?

畑のライティングはぜひ挑戦してみたいですね。めどは全然ないんですけど(笑)

北海道は雪まつりとか冬限定のものは多いけど、いつ行っても面白くて、何回も来たくなるようなことをしてみたいです。昼の広大な小麦畑も美しいですが、夜は光のデザインでまた違うように見せたり。田んぼも苗を植えたり稲刈りがあったりで風景が全然違うんです。いろいろな人に楽しんでもらえるような仕掛けを作りたいです。

それから、旭川の飲食店や全国のパン屋さんに届けているキタノカオリや雪アスパラのような特徴ある作物を、もっと地元で使ってもらって、東神楽町に食べに来てもらえるようにしたい。そうすることによって、もっと地元を知ってもらいたいなと思います。

ーー100人カイギでの出会いが農業と組み合わさって、今までにないいろいろなプロジェクトを生み出していく可能性を感じました。楽しみですね。
貴重なお話ありがとうございました!

株式会社 吉原農場
住所:北海道上川郡東神楽町南13号右1−3
TEL / FAX:0166-83-2244
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<主な農産物>
・春芽アスパラ:5〜6月
・雪アスパラ®︎:12〜2月
・とうもろこし:8月
・じゃがいも:9〜12月
・米(ゆめぴりか・ななつぼし):10月〜
・小麦(キタノカオリ強力粉・全粒粉):通年

聞き手:岩瀬友理
文:岩瀬友理
写真:農場カメラマン 伊東隼人さん(東神楽100人カイギにもご登壇)

100人カイギ & stories ライター

岩瀬 友理(いわせ・ゆり)プロフィール
目黒駅前100人カイギサポートメンバー。愛知県出身。名古屋大学法学部卒。ウェブデザイナー。夫の転勤で各地を転々とする中、地域の特徴に関心を持つ。「あさくさ食たび」の企画・運営のほか、シェアキッチンの運営サポートや、北海道フードマイスターとして札幌伝統野菜「札幌大球」を広める活動など、食に関わる方の応援活動もしている。
・目黒駅前100人カイギ
・あさくさ食たび
・旅する札幌大球

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