見出し画像

リアルタイムフライト追跡喫茶店の謎

・散歩には、当たりの日とそうでない日がある。当たりの日は、何となく気の向くままに歩いている内に面白いことに出くわす散歩だ。事前に下調べをしたわけでも、マップを見ながら歩いていたわけでもない。散歩を繰り返していると、偶然に導かれる時がある。今日はそんな日だった。

・行こうと思っていたお店がリニューアルオープンの為に閉店中だった。いつものことだが、事前に調べておけばよかったと思った。この次の予定とかなり離れた場所まで来たのに、何の成果も得られなかった。電車賃だけを失った。次の目的地まではおよそ3.5㎞。歩こう。

・こうして今日のド散歩は始まった。

・散歩の面白さは、普段なら絶対に足を運ばない場所を訪れられる所だ。どこの街にもありそうな住宅街、路地にあるおしゃれなお店。今日も路地に1つ凄く美味しそうなレストランを見つけた。調べたら人気店っぽかったので、また今度行こう。散歩はこういう「また今度来よう」と思えるのも良いところだ。迷宮を探索する冒険者ってこういう気分なのかもしれない。お宝はありそうだけど、今日はメモにとどめておいてまた来よう……みたいな。

・時刻はお昼を少し過ぎた頃。大通りには会社員の人も多い。皆、どこかの会社に勤めていて、社会の何かしらを支えるものを作っていると考えると感慨深い。社会はたゆまぬ努力で成り立っているのだな、と思う。そんなことを考えているとお腹が空いた。

・私はご飯を食べるお店を決めることが苦手だ。優柔不断というよりも、食単体に対する関心の薄さがあるのかもしれない。ご飯を食べるなら、誰かと一緒に食べて「美味しい」とか「うーん」とか言いたい人間なのだ。あとは、知らない場所で知らない店に入るというギャンブルが苦手、というのもある。

・でも、チェーン店に入るのはなぁ、とか考えている内に大通りを抜けて付近に飲食店は無くなってきた。このまま何も食べずに行こうか。いや、それはいつもと同じ選択だ。今日くらい新しいことをしよう。そう思った私の足はとある喫茶店の前で止まった。

・そこにあったのは昔ながらの喫茶店だった。通りに面したガラス戸には大きく店名が書かれている。そして立てかけられた看板には、「ケーキセット」と「ペットもご一緒にどうぞ」の文字。これは良いお店だ。私は戸を押して入店した。

・見た目通り、中も古風な喫茶店だった。入り口左手にカウンター席があり、右手には4つほど二人がけのテーブルが並んでいる。テーブルには昭和を思わせる布が掛けられていて、可愛らしい。着席して気になったのは、独特の匂いだ。普段あまり嗅いだ事の無い匂い。それでいて、得意では無い匂い。恐らく、タバコだ。これは後からマスターに「灰皿要りますか?」と言われたことからも間違いない。失敗したな~と思った。体質上、タバコの匂いから息苦しさを感じてしまうのだ。ゆっくりするつもりで入ったけど、すぐに出たいかもしれない。ただ、注文はしてしまったので、じっと待つほか無い。(テラス席もあったので、移動しても佳かったなと今なら思う。)

・頼んだケーキセットが届くまで、店内をぐるりと見渡す。天井辺りのスピーカーからジャズかクラシックが流れている。多分ジャズに近かったと思う。何故覚えていないかというと、私の意識はカウンターの上に設置されている大型ディスプレイに取られていたからだ。

・一人用の机くらいの大きさのディスプレイが、カウンターの上に2つ並んでいる。それだけでも結構異質なのだが、その内の1つには何故かリアルタイムフライト追跡が表示されていた。今、世界中で飛行機がどこを飛んでいるのかがビジュアルで把握できるやつ。何故?

・ケーキはまだ届きそうに無いので、推理することにした。私は初来店。今日たまたま、この時間に見ていただけかもしれない。その可能性は捨てきれない。でも、このサイトを見るだろうか。経験上、飲食店のディスプレイはテレビが放映されていることが多い。その方が客も経営側も暇つぶしになるだろう。そう考えると、あえてこの画面にしていると考える方が自然だ。

・そこで私は隣のディスプレイに目をやった。そこにはPCかタブレットのホーム画面が映し出されている。背景画像は、飛行機。なるほど。店主は飛行機が好きなのかもしれない。カウンターの店主を観察すると、タブレットを覗き込んでいる。店主もリアルタイムフライト追跡を見ていて、その画面が共有されているのか。これはもう、ただの飛行機好きではない。これは勝手なイメージだが、唯の飛行機好きならお気に入りの飛行機写真のスライドジョーを流す気がする。店主は普通の人よりも更に飛行機が好きな人間か、あるいは他の理由があるか。

・めっちゃ飛行機が好きな人間だった、では何か納得がいかない。リアルタイムフライト追跡を見せるのはいいとして、店主が見る理由がしっくりこない。何か目を離せない理由があるのではないか。そこで私はしっくりくる理由を思いついた。それは「家族が今、飛行機に乗っている。」という理由。間違いない。それなら集中する理由も分かるし、今日のこの時間だけ表示されている可能性も高い。高齢のご夫婦でされているお店だし、ご家族が別の場所で暮らしていることもありえるだろう。家族のフライトが心配で見ている。これなら納得できる答えだ。

・勝手に推理し終えた所でケーキを頂いた。美味しい。一緒に頼んだコーヒーも渋みや酸味が抑えられていて刺激が強くなくて美味しい。ただ、お昼ご飯をケーキで済ませてしまう時があるのは何とかしないといけないな。

・ちょっとゆっくりして、それからお会計をした。マスターが会計をしてくれた。幸い、他に客はいない。私はかねてからの疑問について聞いて見ることにした。「何故、リアルタイムフライト追跡を表示しているのか」と。

・要点を纏めると①マスターは元航空管制官でリアルタイムフライト追跡を見るのはライフワークに近い②今、子どもが飛行機を操縦している。③世界観のため、だった。

・特に印象的だったのは③。昔放送されていたラジオ番組「JET STREAM」の語り口の素晴らしさに感銘を受け、その世界観を音楽とリアルタイムフライト追跡の映像で表現したいと思われたのだという。はえ~。調べてみると凄く良さそうな番組だった。

イージーリスニング系の楽曲を全編にわたって流しながら、パーソナリティが最小限の語りを添える構成が特徴。「日本国内から国際線の夜行便で海外の旅に向かっていることを想起させる詩を、『ミスター・ロンリー』に乗せてオープニングとエンディングで穏やかに語り掛ける」という演出でも知られている。

JET STREAM - Wikipedia

・ミスター・ロンリーも聴いてみると凄くいい曲だ。よく考えたら、この曲が店内で流れていた気がする。違ったらごめん!!!!

・マスターが優しい方で、嬉しそうに答えて下さってありがたかった。後、想像を超える背景があったのが驚きだった。リタイア後に単なる喫茶店を始めるのではなく、自分の人生を象徴する様なお店にしているのは良いなと感じた。作品であれお店であれ、世界観がしっかりしていることは人を引きつける要因になるのかもしれない。

・この喫茶店はさながら小さな管制塔なのだ。そう思うと面白くなってきた。ここは街のど真ん中で近くに空港は無い。けれど、退店する頃には「旅の途中で立ち寄って、これから飛行機に乗って出発する」気分になっていた。ちゃんとストーリーがあるって大事だな。

・最初は失敗したかも~と思ったけど、結果的に凄く面白い経験ができた。良いお店だったな。「また来て下さいね。」と言われたので、近くに寄った時には寄ろうと思う。退店後に、そういえばアレもコレも聴きたかったな、という疑問がいくつか生まれたので。

・この後立ち寄った神社が凄くおしゃれでびっくりした。引いたおみくじもめっちゃ可愛い。そして運勢は大大吉。これを作った人は優しい人だな。おみくじにはコツコツ努力することが大事と書かれていた。慢心すること、思い込むことが無い様に広い視野で努力を続けていこう。

・そんなこんなで今日の散歩はかなり当たりの散歩だった。やっぱり散歩ってちょっと勇気を出して挑戦してみる位がちょうどいいのかもしれない。散歩は小さな選択の積み重ね。どの道を選んでも、その道で面白い物を発見できるようになりたいな。そんな事を考えた日。

・散歩はいいぞ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?