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【OAK】7連勝、リバースボイコット、ラスベガス移転

2023年6月13日、火曜日の夜に行われたレイズ戦は、オークランドの野球の歴史に刻まれる最高の試合のひとつであり、その最後だったかもしれない。


成功に終わったリバースボイコット

13日のコロシアムは異様な熱気に包まれていた。

春先の平日に行われるレイズ戦は、お互いに不人気球団ということもあって、まず人は集まらない。
事実、昨年の5月の火曜日に行われた同カードはわずか2800人の動員にとどまっている。

しかし、その日は約28000人の観客が集まった。その目的はオークランド・アスレチックスを揺るがす移転問題と、それを推し進めるオーナーへの抗議のためである。

ただ、もう少し正確を期すならば、ファンが訴えようとしていたのは「ファンがいないからラスベガスへ行くというのは間違っている、ファンはいる、問題はオーナーにある」ということである。

オークランドにファンがいない、というのは正しくはない。
1980年代の全盛期にメジャー最大の動員を誇ったのは何を隠そうオークランド・アスレチックスだ(その時は今や大人気球団の対岸のジャイアンツが不入りに苦しんでいた)。2019年に行われたワイルドカードゲームは54000人以上の観客を集めた。

”マネーボール”期に入ってからは、低予算のために主力が目まぐるしく入れ替わり、プレーオフと最下位の時期を繰り返す不安定なチーム成績もあって、動員は伸び悩んだ。
80年代にはまだ築10数年だったコロシアムも、1回も建て替えられることなくオークランドに来たチームと同じ分だけ歳を取り、そして汚くなるばかりだった。

ここ数年の不入りはまさしくファンがオーナーを糾弾するところだ。
2018年からコンテンドを続けたチームに十分なサポートを与えるどころか、あまつさえ木っ端微塵に解体、それに反してシーズンチケットの値段は2倍になった。
地元のファンの怒りを買うには十分すぎたと言っていい。

そもそもリバースボイコット自体は、A'sがラスベガスに集中することを発表し、移転が決定的になる以前に計画されていたもの。
ラスベガス移転が進んでいる今、移転反対のメッセージが押し出されるようになったものの、それでもメインのチャントは「Stay in Oakland」ではなく「Sell the team」だった。


ひっきりなしにチャントが鳴り響くコロシアムはさながらプレーオフかのような熱狂に満ちていた。

その日を象徴する最大の熱狂は5回表に訪れた。

この5回表はリバースボイコットの計画のひとつとして、オークランド移転55周年にかけてサイレントプロテストが用意されていた。

先頭打者のホセ・シリが打席に入ると、観客は一斉に立ち上がり、黙々と打席を見つめた。(これがサイレントプロテストとは気づくまい。コロシアムで行われる他の81試合ではこの静寂が平常運転だからだ)

そして、シリの打席が終わると、「Sell the team」の大合唱が始まった。

マウンドに立っていたホーガン・ハリスは1球目を投げられない。サインを伝達するピッチコムがあまりの大歓声で聞こえなくなってしまったためだ。

図らずも、味方のバッテリーを妨害することになってしまったが、幸いなことにハリスも捕手のランガリアーズも気にした様子はなかった。
むしろランガリアーズはタイムを取ってマウンドに訪れる際「やってくれたな」とばかりの満面の笑みを浮かべていた。

リバースボイコットの良かったところは、ファンが抗議だけでなく割れんばかりの応援を選手に与えたことだったと思う。

球団社長とオーナーが表に出てこないこともあって、日頃から監督と選手たちは要らぬ移転関連への質問に煩わされている。
しかし、ピッチコムが聞こえなくなってしまったハリスを含む選手も、監督も、純粋にその日の盛り上がりを楽しみ、声援を力に変えていた。

メルビン元監督が「コロシアムの1万人は他球場の2,3万人の声援に匹敵する」と言っていたのを思い出す。
その日集まった28000人の観衆は今年のMLBの平均動員数に等しいらしいが、これまで行われたどの試合よりも熱気があったといっても過言ではないだろう。


結果的にこの回の先制を許したものの、徐々に流れがアスレチックスに傾き始める。

7回裏には、ブレント・ルーカーの二塁打でジェイス・ピーターソンが一塁から一気に生還し同点に。
ここで球場のボルテージは最高潮に達した。

そして、8回裏、ラモン・ローレアーノが三盗で作ったチャンスを、代打のカルロス・ペレスが内野ゴロで返し、ついにはリードを奪った。

最後は一点リードをトレバー・メイが守り切り、アスレチックスはこの大事な日に勝利した。

アスレチックスの連勝は7まで続いた。

連勝が始まったとき、アスレチックスの勝率は.194に過ぎなかった。
7連勝は勝率2割以下のチームが成し遂げた最長の記録であり、最後にこれが達成されたのは1885年にまで遡る。

7連勝の内訳は、最高勝率のレイズを含めて全て地区2位以上の相手であり、アスレチックスの開幕からの体たらくを考えれば、この状態まで戻してきたことは信じられない。

そして、それがリバースボイコットというファンにとっては最も重要な日に当たったというのは、陳腐な表現だが、さながら「マネーボール」か「メジャーリーグ」の続編かのような映画じみた展開だった。

SNSを起点としてここまで多くの人々を集め、抗議活動を組織したボイコットの運営側の人々の努力も、メジャー最悪のチームが列強相手に7連勝を挙げたことも、それが合わさって当日のあの雰囲気が作られたことも、奇跡的と言う他ない。

まだ可能性は残されているとはいえ、オークランドという50余年の歴史を誇るユニークなベースボールタウンのラストダンスとしてはふさわしいのではないか、と思った。


ラスベガス移転へ

そして、このリバースボイコット翌日には、新球場案がネバダ州議会を突破し、移転はほとんど確定的になる。
ついでに言うと、この日をもって連勝は止まり、4連敗が始まった。

こうしてみるとこの1週間の間、連勝とリバースボイコットによって見ていた希望はなんとも刹那的だったが、濃密だった。

リバースボイコットの翌日にあっさりと最大の障壁となる議会を突破されて望みが絶えるあたり、ちょっとビターな展開の映画みたいだなと思う。


アスレチックスの移転の最後のハードルは、オーナーからの承認である。

オーナー会議では3/4以上のオーナーからの賛同が必要であり、アスレチックスが置かれている状況を考えれば、それは高いハードルのようにも思われる。

まずオーナー会議では、なぜ元の都市を捨てて移転する必要があるのかを含めて、厳しい精査に晒される。

特にアスレチックスはベイエリアという大都市圏を捨てて、ラスベガスという一回り小さい市場に移ることになる。
現状でさえ、億万長者が所有する大都市圏の球団に収益分配を行ってやっている他球団からしてみれば、わざわざその億万長者がミドルマーケットに移転し、半永久的に収益分配の対象となり続けるのを面白いと思うかどうか。

そして、アスレチックスがベイエリアを去るということに関しては、想像以上にそのステークホルダーの数は多い。それは歴史が語っている。

かつてアスレチックスが球界の盟主であり、対岸のジャイアンツが何度も移転を試みていたときには、ジャイアンツの移転を他のオーナーたちは許さなかった。

北カリフォルニアにはアスレチックスとジャイアンツ以外の球団がなく、どちらかが去れば巨大な市場が独占されることになるためだ。

今回も南カリフォルニアの球団たちはジャイアンツの市場独占を快くは思わないだろうし、ましてや前回のジャイアンツはフロリダへの移転を試みていたのに対し、今回は南カリフォルニアにもほど近いラスベガスへの移転なのだ。

テーブルに乗っている条件を考えれば、USA Todayのボブ・ナイチンゲールが主張するように「満場一致」で移転が承認されたら、逆に拍子抜けでもある。

しかし、ナイチンゲールにとどまらず、オーナー会議を大きな障壁と認識するメディアの数は、希望を抱くにはあまりに少なすぎるのが事実だ。

移転は残念ながら、既成事実かもしれない。


エクスパンションへの淡い期待

この1週間が映画のようだとするならば、最後の最後に余計だったのがコミッショナーであるロブ・マンフレッドのコメントである。

詳細を訳してここに書くのは面倒だし、また腹が立つので省略する。

コメントを読んだときはかっちーんと来たし、呆れるあまり言葉がなかった。

メジャーリーグのコミッショナーたる人間が、ここまでファンをコケにする品性の無さも然りだが、この新球場・移転問題に対してここまで浅い認識しか持っていなかったということに対してである。

移転を推し進めるという立場上、オークランドを捨ててラスベガスに行くのはオークランドに問題があるためというネガティブキャンペーンを張る必要があるのだろう。

にしても、このコメントはひどかった。ぶっ飛ばしたい。


幸か不幸か、このコメントがオークランドに話題を引き止め、さらなる同情を誘ったことも事実である。


ラスベガス出身でアスレチックスファンとして育ったブライス・ハーパーも、移転には否定的だ。

同じくラスベガス出身のブライソン・ストットもデクスター・ファウラーも、アスレチックスの移転よりもラスベガスへのエクスパンションを望んでいる。

引き合いに出されるのは、エクスパンションによって誕生したNHLゴールデンナイツの成功と、オークランドから移転してきたNFLレイダースの失敗である。

ラスベガスで誕生したゴールデンナイツは地元の人々に愛されているが、レイダースはまだ地元の支持を受けられてはいない。
7億ドル以上の公的資金を投入して作られた豪華絢爛なアレジアントスタジアムは客単価が高く、NFLでも下位に沈む動員の内訳は多くのアウェイのファンに占められている。

アスレチックスの新球場案も見たところ、3万人収容と小規模な代わりに客単価が高く、観光客を呼び込む算段の方が大きい。(議会に持ち込まれた修正案では取ってつけたように安価なチケットも販売すると宣っていたが)

1週間に1回しか試合がなく、全米でも圧倒的に人気のNFLならばともかくとして、81試合ものホームゲームが開催され、地域への密着が不可欠なベースボールでそれが通用するかは甚だ疑問である。

ましてや移転してくるのは、ラスベガスの人々を惹き付けるに足る人気球団ではなく、ペイロールも成績もダントツ最下位の不人気球団なのだ。

移転チームとして厳しい条件を背負うことになるアスレチックスは最低限、お金を使ってラスベガスの人々を惹き付けられるチームとして新天地に臨む必要があるはずだ。

しかし、そうだとしてもジョン・フィッシャーが財布の紐を緩めるとは思えない。
ジョン・フィッシャーの魂胆は利潤を追求するビジネスとしては正しかろうと、スポーツビジネスの理念とはおよそかけ離れたところにある。

球界最悪のオーナーとお粗末な新球場によって、ラスベガスのベースボールタウンとして可能性が摘み取られてしまうのではないか…とラスベガスの球界関係者が抱く懸念はもっともだろう。


今や球界にとどまらない多くの人々が、アスレチックスがオークランドを去ることは悲劇であり、ラスベガスへの移転も歓迎されることではないと認識しているということについて、リバースボイコットが果たした役割を見過ごすことはできない。

ボイコットによって移転が止まったわけではない。

しかし、ファンから見た事実を広く球界に知らしめ、オークランドがベースボールタウンとしての本領を発揮したのは、まさしくリバースボイコットの意義だったと思う。

モントリオールがエクスポズを失うとき、このようなことが起こっただろうか?


残された希望は、オークランドへのエクスパンションだ。

全米6位のビッグマーケットと、かつての熱狂的なファンベースという条件は、今挙がっているどのエクスパンション先も持たないポイントだろう。

前述のジャイアンツの市場独占という理由からも、北カリフォルニアへのエクスパンションは歓迎されるはずだ。

マンフレッドは件のコメントを残した会見で「オークランドのファンが野球ファンであり続けることを望む」と馬鹿なことを宣っていたが、実際にはほとんどの人が野球から離れていくだろう。(それどころかマンフレッドのコメントを見て、もう完全に野球に愛想が尽きたと言っている人を多く見かけた)

しかし、これまでチームを愛し携わってきたファン、NBCSCAやSFクロニクル、TAのリポーターやライターたちが、再び野球に携わる機会を得られないとしたら、すさまじい損失だと思う。


7連勝して、リバースボイコットも成功した長い1週間のあと、特に状況は何も変わらなかった。
むしろ移転案は進み、連勝の代わりに連敗が始まって、悪くなったようにも思える。

ただ、試合を見ていれば分かるように、もはや4,5月のチームと同じではない。
若手選手は成長し始め、不振にあえいでいたベテランも噛み合い始め、試合の最後までコンテンダーを手こずらせている。
そして、リバースボイコット後の観客動員が以前を考えればマシになっているというのも、チームが健闘している証左だ。

そして、リバースボイコットの成功は想像以上に大きな反響を巻き起こしている。
これでオークランドの野球はもう終わった、と言い切るのはちょっと悲観的が過ぎる気がする。


このオークランドにおける長い1週間は、何かを覆す大きな変化をもたらさなかったかもしれないが、確かに泥沼のチーム状況からの脱却とまだ終わっていないんじゃないかという淡い希望を残したと思う。

そこがちょっと良い映画みたいで、めちゃくちゃ気に入っている。



*選手のプレーが良くなっているということもまとめて書こうとしたんですが、思ったより長くなったので別件でまとめます。

*ヘッダーはSF Gateより

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