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【OAK】チームの命運を好転させた一発のパンチ

不可解な乱闘

2016年8月、地区最下位の球団のクラブハウスと、一人の不良債権の脳みそに激震が走った。

オークランド・アスレチックスのダニー・バレンシアが、同僚のビリー・バトラーを殴ったのである。バトラーは脳震盪を起こし、故障者リストに入った。


バレンシアは当時31歳。ツインズ、レッドソックス、オリオールズ、ロイヤルズ、ブルージェイズを6シーズンで渡り歩く、ジャーニーマンだった。

USA Today

事件の前年の2015年はブルージェイズに所属し、打率.296 / OPS.838の好成績を残していた。しかし、その年のデッドラインでブルージェイズはトロイ・トゥロウィツキやデビッド・プライスといった大型補強を敢行。バレンシアはそれに押し出される格好となり、ウェーバーでアスレチックスに加入した。

対するバトラーは当時30歳。ドラフト1巡目で入団したロイヤルズでは、中軸打者として活躍。チームの低迷期から久々のプレーオフ進出までを支えた立役者だった。

Royals Review

2014年オフにFAとなると、アスレチックスと3年3000万ドルで契約。FAに大型契約を与えることのない貧乏アスレチックスがバトラーをこの契約で迎えたことは、驚きを持って迎えられた。


ロイヤルズでは同僚だったこともある、この二人の乱闘事件の発端はバトラーにあった。

クラブハウスでバレンシアがスポーツメーカーの用具担当と話していたところ、バトラーが突如としてカットイン。バレンシアが契約しているメーカーのものではないスパイクを使用していることをチクり、さらにはバレンシアとの契約を打ち切るべきだと言い放ったと言われている。

担当者が去った後、バレンシアが「担当者の前で大声で話すな、あれは間違っていた」とバトラーに詰め寄ると、「俺は言いたいことを言う。and your bitch ass isn't going to do anything about it」(後ろは原文ママ)とバトラーは返したと報じられている。


そして二人はついに取っ組み合いの喧嘩を演じ、バレンシアのパンチが見事にバトラーのこめかみを捉えたというわけだ。

かたや叩き上げのエリート、かたや毎年のように移籍を繰り返す渡り鳥。しかし、バトラーとバレンシアは、共に守備貢献が無い打撃専と、選手としてのスタイルはほぼ同じ。大型契約で加入したバトラーが期待を裏切るショボい成績に終始していたのに対し、ほぼタダで加入したバレンシアは期待を超える打棒を発揮しており、そのコントラストはあまりにも濃かった。

あと、DH専かつずんぐりとした体型の割にアベレージヒッターのバトラーに対し、バレンシアは選球眼皆無のフリースインガーだった。喧嘩の中でバレンシアのパンチ力が上回ったのも、頷ける話だった(?)。


事件発生当時のアスレチックスはこの事件を大事にはせず、二人に罰金を課すということで事態を収めた。バトラーの故障者リスト入りによって事件は外に漏れ聞こえることになったが、当時のチームリーダーだったスティーブン・ボートは「どのクラブハウスでも起こること。その場には居合わせなかった」と大事ではないことをアピールした。

しかし、この後に二人が受けた処遇が、事件とは完全に無関係とは言うことはできないだろう。

喧嘩では被害者とはいえ、事件の発端となったバトラーは2016年9月にアスレチックスをリリース。3年3000万ドルの当社比超大型契約は、まだ志半ばの2年目だった。

今に至るまで「ビリー・バトラー」という名前は失笑の対象であり、「3年3000万ドル」という響きはFA市場におけるアスレチックスの珍しく、そして語り継がれる失敗をすぐに想起させる。

実はバトラーはあの2016年シーズン、最初の2ヶ月こそ低調だったが、6月以降は3割近い高打率をキープし続けていた。7月に至っては、打率.348 / OPS.999の大爆発を見せていたのだ。8月以降はやや成績を落としたが、バレンシアのパンチによる脳震盪が無ければ、この調子も少しは継続していたかもしれない。

そして何より、喧嘩の発端となったあまりにも不可解な放言がなければ、こうして見切られることもなかっただろう


さらに、加害者となったバレンシアにも追って裁きが下った。2016年シーズンオフ早々、11月にマリナーズへトレードで放出されてしまったのだ。


この時期のアスレチックスを思い出すと、”烏合の衆”という言葉がしっくり来る。

前半戦最高勝率から、後半戦でワイルドカード2位に転落し、ワイルドカードゲームで惜敗を喫した失意の2014年があった。そして、チームを大改革して迎えた2015年でズッコケ、チーム状況は大きな谷間にあった。

良いクラブハウスのカルチャーの源は、たいてい二つある。ひとつが若さ、これはマイナーで同じ釜の飯を食って育ってきた若手選手たちが自然に持っている絆を含む。そして、もうひとつが何より大切な勝利だ。勝ちさえすればチームはまとまる。

このときのアスレチックスは、もちろん勝てず、かといって再建は始まったばかりで、絆を共有するような若手たちも不在だった。

それが結果的にバレンシアのような異分子が混ざることを許してしまったのだと思う。(この一件でバレンシアが悪いかどうかは分からないが、バレンシアがクラブハウスで評判が良い人物であれば、この短期間で移籍を繰り返さないだろうという指摘は最もだ。)


しかし、再建期アスレチックスの黒歴史とも言えるこの一件は、後にフランチャイズに大きく寄与することになる。

バレンシアをマリナーズに放出して得たのは、22歳の若者だった。その痩躯の右腕はポール・ブラックバーンといった。

East Bay Timesより

チーム最古参・ブラックバーン

普通、アスレチックスの選手が8シーズンも在籍することなどない。

メジャーリーガーとしての立場を確立した選手であれば、年俸調停の途中で他球団にトレードとなる。箸にも棒にもかからない選手であれば、新陳代謝の早いメジャーではそもそもすぐに首を切られてしまう。

ブラックバーンがここまで長くアスレチックスに在籍したのは、数々の巡り合わせによるものだ。ただ、ひとつ明確な要因を挙げるとすれば、それは彼のキャリアのほとんどが”パッとしなかった”ことに他ならない。

デビューイヤーの2017年こそ健闘したが、2018年に開幕ローテーション入りを故障で逃してからは、ずっとうだつの上がらないデプススターターだった。

昇格しても結果を残さずにマイナーに戻るため、サービスタイムがすり減ることはなかった。ついにオプションが切れて2021年の開幕前にDFAされても、どの球団もクレームすることなくアウトライトされた。

転機となったのは、その2021年に球速の上昇とレパートリーの見直しに手を付けたこと。そして、いくつもの偶然とアクシデントが重なり、メジャーで再び先発ローテーションを回すチャンスが転がり込んできたことだ。

2021年の夏、マット・オルソンとマット・チャップマンを主体とするチームのタイムリミットを悟っていたデビッド・フォーストGMとアスレチックスは、捨て身の勝負に打って出ていた。虎の子の有望株であり、先発デプスだったヘスス・ルザードをトレードチップにすることを選択した矢先、エースのクリス・バシットの顔面にライナーが直撃した。

先発デプスは限られていた。AAAのローテーションで最も際立っていた投手は有望株のドールトン・ジェフリーズだった。しかし、スポット先発が必要な日に登板間隔が合いそうにない。そこで、登板間隔が合致したのが、ジェフリーズに次ぐパフォーマンスを見せていたブラックバーンだった。そのスポット登板で試合を作ったブラックバーンは、オプションが無いこともあって、そのままローテーションに組み込まれ続けた。

そのときもし順当にジェフリーズがローテーションに入っていたらどうなっていただろうか。ジェフリーズは開幕ローテ入りも、そしてこのスポットのローテ入りも不運としか言えない形で逃した。その後また故障に見舞われ、元1巡の有望株でありながら、ブラックバーンと今の立場は好対照だ。つくづくブラックバーンの豪運というか、野球選手のキャリアは紙一重だということを思わざるを得ない。

2021夏からのローテ登用で、ブラックバーンは際立った数字を残したわけではなかった。しかし、着実なゲームメイクをいくつか見せた。明らかにこれまでの彼ではなかった。

アスレチックスが再建モードに転換した2022年、ブラックバーンは当然ローテーションに入り、そして再び成長を見せた。カーブを空振りの奪える鋭い決め球へと消化させ、再建チームに1枠与えられるオールスターの枠を掴み取ったのだ。

オールスター選出から2年後の今シーズン、ブラックバーンは再びオールスターに、今度は純粋な実力で選ばれる可能性がある。4先発して防御率は1.08。球団の開幕からの連続無失点記録を更新する活躍を見せた。

今シーズンの活躍の裏には、取り組んだ球速アップの成果があり、オールスターに導いたブレーキングボールがあり、2021年に人差し指を故障した際に磨いたチェンジアップの改善がある。

4月13日のナショナルズ戦(6.1回無失点)で対戦したジェシー・ウィンカーはブラックバーンにこう賛辞を送った。「彼は並外れている。彼はものすごく立ち向かってくる。彼は内角にも外角にも、高めにも低めにも決められる。彼は全てをコントロールするんだ。彼は本当に良いよ」

当のブラックバーンですら大きな成長を感じている。「キャリア最初の数年間と比べると、今はクレイジーですらある」「最初の数年間は、誰かが塁に出ると、回っている観覧車に乗っているような気分になって、止められる気がしなかった。今はいつでも自分をコントロールできると感じているよ」

2023年シーズンもブラックバーンの復帰によって、投壊はなんとか終焉した。今年も開幕戦からの連敗を止めたのはブラックバーンであり、新時代到来を予感させるここまでの健闘も、ブラックバーンの先発試合に全勝していることが大きい。

撮影:私

ブラックバーンは、今や成績以上にチームの絶対的な支柱だ。チームリーダーでもあり、若手投手はブラックバーンを囲んで多くのアドバイスを得るという。

ブラックバーンはチームの大解体があった2022年の4月にこう語っている。「タフなのは理解している。多くの優秀な選手たちがいて、彼らは去っていった。それは分かっている。一つ言いたいのは、このクラブハウスには優秀な選手がまだたくさんいるということだ。ファンには、私たちは最後のアウトまで戦うことを約束するよ」

それから2年経ち、アスレチックスはとにかく負け続けた。しかし、試合を見れば、コッツェイ監督以下、全員がどん底の100敗球団とは思えない闘志で試合に臨んでいることがわかる。ブラックバーンの約束通り、全員が最後のアウトまで戦っている。日本のファンダムが飽きもせずに試合を見ているのは、それがかなり大きいと思う。

クラブハウスにおける大きな規律の乱れもなく、フィールド上の怠慢という再建球団にありがちな話題とも無縁だ。もはやバレンシアとバトラーのようにクラブハウスで愚かな乱闘を演じる選手もいないだろう。その状態を作り上げられたのは、ブラックバーンの存在が大きいはずだ。

あのとき、バトラーがバレンシアに突っかかっていなければ、そしてバレンシアの拳がバトラーをノックダウンしていなければ…。野球はつくづく数奇な運命のもとに成り立っている。


ヘッダーはAthletics Nationより




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