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掌編小説 お姫様救助隊

 破格の物件だった。都心のターミナル駅からたったの三駅、そこから徒歩一分。うるさいだろうと懸念していた電車の騒音も、駅ビルをひとつはさんでいるせいか、ほとんど気にならない。
 
 築浅のフローリングのワンルームで、家賃は五万円。不動産屋が競売で得た物件のようだ。その業者が直接管理しているので、性格の悪いばばあの大家もいない。周りはほとんどオフィスなので、プライバシーに干渉してくるうっとうしい住人もいない。仲介した不動産屋の三島さんという人も、なかなかのイケメンだった。ホストっぽいなよっちい外見はあんまり好みじゃないけど、人当たりもソフトで、何かトラブルがあったときなどもサクサク対応してくれそうな感じ。
 
 ああああ~、念願のひとり暮らし。ちょっとばかりバイトを頑張った甲斐があった。親には漫喫と嘘をついていたけど、本当のバイト先は個室ビデオだ。最初はショックだったけど、慣れちゃえば芋洗いみたいなものだ。態度も形状も所要時間も、人によってまったく違う。驚きだ。男の真価は一発抜いた後じゃないとわかんないよね、なんてえらそーに友達に吹聴し始めるほど、二十歳にしてすっかり人生わかったような気になってしまっていた。
 
 ちょっと変な人だけど、好きなお客さんがいる。ものすごいイケメンで、ウサギ耳持参でやってくるのだ。お客さんは個室でエロ画像なんかを見てるのが普通なんだけど、その人はいつも南の島の綺麗な海や、風紋のできた砂漠なんかの画像を見ている。そういう意味でも変わり者といえるかもしれない。
 
 あたしはウサギ耳をつけて、どぎついピンク色のローションをたっぷり手にとってサービスをする。触らせろとか、口でしろとか、金を払うから店が終わったらやらせろとか、そういうことをいうお客はうんざりするほど沢山いる。でもそのひとは、終わってからお姫様だっこをさせてくれとせがむのだ。うううう、なんか嬉しい。
 
 その日、バイトを終えて家に帰ると、宅急便の不在配達の通知が届いていた。クール宅急便。差出人の名前は書いていなかったけど、ああもう、またママに決まっている。産直と聞くといてもたってもいられなくなるあたしのママは、もうやめてよね、といっても産直の食料品をあたしにどんどん送りつけてくる。一度なんて『モンスターズインク』に出てくるランドルみたいなものが送られてきて卒倒しそうになったことがある。あとで聞いたら蝦蛄(しゃこ)というものらしい。変なものじゃなければいいなあと思いながら、あたしは宅配便の会社に電話をかけた。
 
 小一時間ほどすると、冷凍トラックがやってきて、なにやらずっしりと重そうな大きな荷物があたしのところへ届けられた。住所は、確かにここの番地で部屋番号に間違いはない。でも、宛名は『セイフティ・ファイナンス』という名前になっている。なんだこれ。でも、わざわざ夜間配達をさせてしまったのが申し訳なくて、さっさと認印を押して、配達員を帰した。
 とりあえず箱を開けてみることにした。

「……!」
 え? うそっ。きゃあああああ、なにこれ。
 なにこれって、見ればわかるけどさー。死体だって。
 
 あたしは、不動産屋の三島さんに電話をかけた。
「あ、あの、あの、す、すぐに来て…。し、し、し、したい…」
「あー予約とか入れてます?」
 なんだよ、予約って? 管理している店子のところに死体が届けられても、予約とかそういうわけのわからないものが要るのか?
「あ、そんなもん入れてないけどすぐ来てよ。緊急なのよ」
「あーわかります。今すぐしたいんですよね。でも俺行けないんですよ。緊急ってもう、そんながっつかなくても。すぐに代わりのイケメンをお送りします。あの住所は?」
 
 ちょくしょう、代わりのイケメンじゃなくてお前が来いよ。あたしは手短に住所を告げ、電話を切った。
 それから十分ほどしてから、ドアベルが鳴った。ああ、やっときたか不動産屋、と思ってドアを開けた。立っているのは夜なのにサングラスを掛けた見知らぬ男だ。
「ちょっ……あんた誰?」
「プレゼントは気に入ったか?」
 
 プレゼントって……死体ってこと? やだー気に入るわけないじゃんよ、お馬鹿さん。
 男は後ろ手にドアを閉めると、あたしをいきなり玄関先で押し倒した。ちょっとちょっとなにすんのよー。死体を送りつけてきたり押し倒したり、そういう嫌がらせはやめてってば。
「畜生、このアマ。てめえの男の死体を見てもびびらねえなんて、懲りねえ女だ。金は一式組のおやっさんが返したっつーのに、借金取りをしつこく送ってきやがってよお。うちの坊ちゃんを馬鹿にすんじゃねえ」
「ちょっと、てめえの男って、何のことよ。あたしは引っ越してきたばかりなんだってば」
「うるせえ、そのクソ女」
 男があたしの首を絞める。ドアが開く。今度は誰なんだ。く、苦しい。なんだかわけのわからないまま殺されちゃうのか? うああああああ。
 
 ここはどこなんだろう。だれかにお姫様だっこされている。眠っていたのだろうか。目を開ける。げっウサギ耳男。
「やっと気が付いた? 危ないところだった」
 何であんたがここにいるのよ? ここはあたしの部屋。なんだか嫌なにおい。ママが送ってきた大量のいわしを冷蔵庫で腐らせたときみたいな……。辺りを見回すと、さっきのサングラス男が血だらけになって転がっている。
「……殺しといた」
「……どういうことよ、で、何であんたがここにいるの?」
「呼んだでしょ、『お姫様救助隊』。まさかビデオボックスの子だとは思わなかった。呼ばれる前に、一回抜いて、雑念を払っとかないと、プロの仕事はできないからね」
「なにそれ? わけわかんなーい」
「……しまった。場所を間違えたか? ○○ハイツの×××号室でしょ?」
「そうだけど」
「じゃあ間違いない。本当に呼ばなかった?」
「その『お姫様救助隊』って何よ」
「ああ、簡単に言うと登録制出張ホスト。すげー淫乱女と一緒で、今手がはなせねーから代わりに行ってくれって、知り合いのホストから電話があったんだ。緊急にシたいって女が電話かけてきたって」
 
 なんだか混乱してきた。あの不動産屋が、副業で出張ホスト。わからないでもない。でも本業と副業を混同しないでくれ。
 あたしは三島さんに電話をして、今までの経緯を簡単に説明した。
「ああ、申し訳ない。その物件はね、元闇金の事務所。つかまって競売に出てたのをうちで安く買ったんだ」 
 それを早く言え。
「でもさあ、三島さんのお友達がひとり殺しちゃってんだけど、どーすんのよ。それにもう一体死体もあるし」
「……そいつら、どーしよーもないチンピラだから、その辺に捨てとけばいいよ」
「クール宅急便で三島さんとこ、送ろうか?」
「……品名に死体って書くのを忘れずに。ってのは冗談だけど、そこにまだ忘れ物があるからこれから取りに行くわ」
 電話を切ろうとしたときに、三島の悲鳴が聞こえた。声は遠いが話し声も聞こえてくる。

 ――ぎゃあああ、何するんだ。知らなねえってば。闇金がドロンした後に返済された金一億? 俺知らないってば……殺さないでくれー、お願いだ。え、その一億円のせいで、あんたのダンナが殺されたって? ああ、一色会の坊ちゃんの一億? 返済したのに、されてないって取り立てたばっかりに? 俺じゃねえんだよー、ゆ、許してくれー。くくくく、苦しい。うう、本当のことを話せば殺さないって約束するか? わかったよ、言うから殺さないでくれ。金はあの元闇金の事務所があったマンションの、天井裏だ。ちゃんと一億隠してある。嘘じゃない。わっ、殺さないって約束じゃないかああああ、うああああああ――
 断末魔と思われる三島の声。ドアが閉まる音。
 
 さて、状況を整理してみよう。
 天井裏に一億円。死体はここにふたつ、電話の向こうにひとつ。こっちに向かっている殺された闇金経営者の女。ヤクザを殺した、ウサギ耳好きのイケメン出張ホスト。
 何を取るか。
 そんなこと、考えるまでもない。
 あたしとウサギ耳男は、天井裏の金を探した。   
                               (了)                                   
                                   
 

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