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文藝春秋9月号「ハンチバック」を読んで

「ハンチバック」 市川沙央作 「文藝春秋9月号」 1200円

 9月号の文藝春秋は、芥川賞受賞作「ハンチバック」全文掲載であり、選評や著者のインタビューもあって、お得でした。読了後、選評を読むと、全員一致で受賞が決まったことがわかりました。選考委員によって、温度差もありましたが、どの選考委員も「わたしなどがこれまで遭遇したことも想像したこともなかった人生の姿」(松浦寿輝氏)「とにかく私小説が強い。思いが強い」(吉田修一氏)と唸り、「文学的に稀有なTPOに恵まれたのはもちろん、長いこと読み続け、そして書き続けて来た人だけが到達できた傑作だと思う」(山田詠美氏)と絶賛でした。

 受賞者インタビューで明かされる作者の市川沙央さんは、先天性ミオパチーという難病を患っておられました。そして、この小説の主人公もまた、「ミオチュブラー・ミオパチー」という先天性ミオパチーの一種の難病の女性です。

 いろんな気づきもあり、一気に読めて、面白かったです。その中でも、一番びっくりしたのが「私が紙の本に感じる憎しみもそうだ」(p237)から始まる箇所でした。

寝たきりやチルトした筋疾患患者は胸の上でもどこでも自由に置けるようなタッチパッドがよい。(中略)ヘルパーにページをめくってもらわないと読書できない紙の本の不便を彼女はせつせつと語っていた。

市川さん自身、iPad miniに辿り着くまで、さまざまな機器を駆使して執筆をつづけてこられたそうです。
 私は、紙の本が好きです。デジタルに弱いこともあり、電子書籍にいまだに抵抗があったのですが、どうか電子書籍だけで販売されませんように、紙の本でも発売して、などと思っていたほどですが、紙の本を読むのが大変でデジタルでしか読めない人がいるという現実を知ったことは衝撃でした。

アメリカの大学ではADAに基づき、電子教科書が普及済みどころか、箱から出して視覚障害者がすぐ使える使用の端末でなければ配布物をして採用されない。日本では社会に障害者はいないことになっているのでそんなアグレッシブな配慮はない。(中略)紙の匂いが好き、とかページをめくる感触が好き、などと宣い電子書籍を貶める健常者は呑気でいい。

 少しの毒を含んだ言葉で、実情を訴えておられ、自分が知らなかったことでとても驚き、自分の浅はかさを恥じました。インタビューでは、「人間の定義は狭すぎる」と、ものを考えて発信することを人間の基本とする西洋由来の理想主義を嘆いてもおられ、小説では、主人公は、中絶を願って「殺すために孕もうとする障害者」として描かれます。

 「難病当事者としての実人生が色濃く反映された作品だが、健常者優位主義の社会が「政治的に正しい」と信じる多様性に無事に包摂されることを願う、という態度とは根本的に異なり、障害者の立場から社会の欺瞞を批評し、解体して、再構成を促すような挑発に満ちている」(平野啓一郎氏)この小説を読んで、未来のためにできること、を考えたとき、多様性を謡う世の中にしていくために、健常者だけでなく障害者の立場の人、少数の立場の人の意見をもっともっと掬い取らなければいけないと強く思いました。紙の本のページをめくるのが大変な人がいる、紙の本を一冊を読むたびに少しづつ背骨が潰れていく気がする人の気持ち、この本は教えてくれており、それはわたしの想像をはるかに超えたものだったのですから。

#ハンチバック #文藝春秋 #芥川賞 #読書感想文 #未来のためにできること #市川沙央

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