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掌編小説 『よだかと、ふたり』

「来年のことを言うと鬼が笑う」と言うけれど、新年を明日に控えた青年3人、ボロアパートの一階で電源オフのこたつに三方向から足を突っ込みつつ、来年こそ鬼でも悪魔でもなんでもいいから、いやできれば満席のお客さんをどっかんどっかん笑わせたいよな、などと語らっておりました。

貧しさゆえに暖房器具に頼らなくても3人が愛する「お笑い」へ熱意ゆえか、窓に結露した水滴は音もなく静かにつう、つうとしたたり落ちていきました。
痩せたメガネのシャチがスリーコインズで購入したお気に入りのグレーの丸型壁時計(これはぜったいに300円に見えないと豪語する)の秒針が今12の位置に到達し、現在の時刻は23時50分。あともう10分で今年の終わりを告げようとしています。

結成5年目のお笑いコンビ「どうぶつ村」のシャチと、しゅっとした顔立ちで長身のアルパカが同居する2DKのアパート(事故物件として「大島てる」のサイトに過去掲載済み)に、彼らの深夜ラジオ「おしゃべりどうぶつ村」のヘビーリスナーであり、ハガキ職人でもあったよだかを呼び寄せたのは、天空に一等星のペテルギウスが赤々と燃えるある秋のことでした。

ところでよだかの顔には額の中央から左頬にかけて生まれつきの大きな赤黒いアザがべっとりと張り付いてます。
これがよだかの長年のコンプレックスとなり、なかなか人と打ち解けることができませんでしたが、シャチとアルパカを前にしてくだらないことで笑い合うときだけは不思議と自分の赤黒いアザなどまるで初めからなかったことのように思えるのでした。

「よだか、すげえまじめな話していい? よかったら俺らと住まねえ? おまえ、一人暮らしでバイトざんまいだし、生活費も奨学金も自分で稼いでるんだろ? ならさ、うちに住んだら家賃代だけでも浮くじゃん。奨学金ってさ聞こえはいいけど借金だよな? さっさと完済して気持ち的に楽になりたいだろ? 大学の講義だってあるわけだしさ。 家賃と光熱費いらんから、食費だけ折半で代わりに飯とか作ってよ。俺ら、ほんというとあんまり飯作るの得意じゃないからさ。2DKだし(事故物件だけど)、男3人ならぎりいけるとし思うし、悪くない話じゃないかな……」

今年の夏、偶然にも河川敷で初めてシャチとアルパカに出会い、それから幾度となくサイゼリヤで逢瀬を重ねた彼らです。
前々よりよだかに伝えようと思っていたことを学生やファミリー層の集う賑やかな店内で今日とうとうシャチの口から切り出しました。横に座るアルパカも腕を組んで目をつむり、うんうんと頷いています。

よだかは一瞬ぴたりと硬直して、おもむろにメニュー表をひっくり返し店名物の「間違い探し」の面をテーブルの中央に広げました。ネットで「難問が過ぎる」と話題の間違い探しです。
「仮に一緒に住むとして、おれが実はとんでもない悪党だったら、どうするんすか」

よだかは目線を「間違い探し」に向け、すぐに1個見つけたとぼそりと言いました。
 アルパカはつむっていた瞳を開き
「『同居人が悪党だった。さてどんな悪事をはたらいた?』」
さも大喜利のお題かのように言いました。
瞬時にシャチはテーブルを軽く掌で叩き
「この上ない猫好きでイリオモテヤマネコとマヌルネコを密猟。小脇に抱えて夜毎にもふもふ!」ドヤ顔をしました。2点。長くて弱い! とアルパカ。
「もしかしたらひどいヘキとかあるかもしれないじゃないですか。一緒に生活できないくらいの」
ふたつめみっけ、と女の子の赤いリボンを指をさすよだか。
「心配すんなって。なくて七癖だろ? 俺すげー足臭いし、アルパカはいびきすげーから。いびきうるせえときは枕引っ張ってやればちょっと収まるし」
「……ちょっとシャチさん? 俺の枕、引っ張ってたの?」ちらりアルパカ。
「たまに、な」にっこりシャチ。
「じゃあ、残りの8個の間違いをぜんぶ見つけてくれたら、お世話になります」
「お世話になる方のセリフじゃねえなあ」
ふたりはぶぅぶう言いながらどうにかこうにか残り8つのすべての間違いを見つけることができました。
本当のことを言えばどうしてもあとひとつだけ間違いを見つけ出すことができず苦戦していたのですが、テーブルの下でアルパカがこっそりズルをしてスマホで答えを検索したのでした。そんなアルパカの不正をよだかはしっかりと目撃していましたが、ズルに気づかないふりをしました。

生まれてこの方、心から人を信じることが難しかったよだかにとって、ふたりのよだかに対する態度が、熱意が、本当にくすぐったくて笑ってしまいたくなるほどにうれしかったのです。
「おら! これでコンプリートだ!なんだこのミリ単位の間違いは! 観念しろよだか、一緒に住むよな?」
シャチが吠えたのでよだかはこくりと頷きました。
「はい。では、当方不束者ですが以後お世話になります。何とぞよろしくお願い申し上げます」
よだかはテーブルに両手を置き、額をテーブルにピッタリくっつける形で頭を下げたため、向かいに座るふたりは周囲の客を視線を気にしつつ、慌ててよだかの頭を定位置に戻しました。
こうして晴れてシャチとアルパカとよだかはひとつ屋根の下の暮らしはじめたのでした。

サイゼリヤでのやりとりを経て、師走の今ではこの2DKにすっかりとよだかは馴染んでいるように思えました。
引っ越しにあたり、最低限の服と下着、ノートパソコン、スマホといった極少ない所有物をバックパックに詰めて「荷物はこれで全部です」と伝えたよだかに「荷物少ねえ……。フランス人みてえだな」とシャチがこぼしました。
「おれ、フランス人みたいですか? 岩手出身なんですけど、前にタモさんが東北なまりとフランス語の発音が似てるから第二外国語はフラ語が良いって言ってたんです。だからフラ語も履修してますけど、もしかして唐突にその話ですか?」と想像もしない答えが返って来たためシャチは話しが面倒になって「ウィ」と肩をすくめました。
なかなか物を捨てられないシャチの本棚の奥にはブックオフで購入した『フランス人は10着しか服を持たない』が収納されていることをこれから先、よだかはついぞ知ることはありません。
 よだかが先に玄関に入る時、バックパックのジッパーに「おしゃべりどうぶつ村」のキーホルダーがぶら下がっているのを発見し「メルシー、よだか」と聞こえないようにつぶやきました。

大晦日の夜、テレビもラジオもつけずに3人はなぞかけをせっせと作っては整った者から挙手をして点数を付け合っていました。
その時、よだかの腹の虫がぐぅと可愛く鳴いたため、シャチとアルパカが笑いながら「頭使うと腹、減るよなあ」とシンクロして言いました。
「なんか食べようかねえ。ペヤングでいい?」
「じゃあおれ、作ります」
「いいよ、お湯入れるだけだし」
アルパカがよだかの長い髪をくしゃくしゃになでてからキッチンに向かうと、よだかはへにゃりと笑って「どもです」とだけ答えました。

戸棚の中からしれっと「獄激辛やきそばペヤング」を取り出してパッケージを剥こうとしたため、背後に立つシャチから「チョトマテチョトマテお兄さん!ネタのために死に急ぐな今はボケとかいらんから」と裏拳ツッコミを食らったアルパカです。
「日常生活でもボケてないといざという時発揮できないっしょ?」
 飄々と言うアルパカに
「ノンスタイルさんみたいな生活スタイルは俺たち不向きだと思われー。まじでバイブスさげー↓」
いまいち使いこなせていないギャル語を発したシャチの眉間には皺が寄りまくっております。
「なー、よだかー。ノーマルペヤングひとりで1箱いけるだろ?」
「うす」
シャチの声によだかが小さく頷いたので、ペヤング3箱を掴んでパッケージを剥き、コンロの横に置き、鍋に湯を沸かす準備をしました。

数分後、よだかもこたつからノソノソ出てくると、ふたりのいるキッチンへとやって来ました。ペンでぽりぽり頭をかきつつぼそりと言います。
「即席麺、とかけまして」
鍋の水面上にぷくりと一粒、ちいさな泡が立ち始めました。
「夏を彩る大花火、とときます」
よだかは彼らにゆっくり目配せします。
「そのこころは?」
 またもシンクロするふたり。
「どちらも『かやく』で味に変化が出るでしょう」
「いいじゃん。即席にしては……7点。即席麺だけに! ……ちょっとアルパカ、そんなに死んだ魚の目をした顔をしてこっちを見ちゃあー、駄目なんだぜっ」とサッと両手でぱーてぃーちゃんポーズのシャチ。
「9点。俺、そういうの好きよ平和的で。皮肉でもなくて誰も傷つけないお笑い、よだかっぽい」
そう言うとアルパカはぐつぐつ茹る湯を3個のプラスチックの箱に注ぎ入れました。

部屋の時計の短針と長針がぴったりと重なり、静かな部屋にかちりと音が響いたその瞬間、遠くから鐘の音がかすかながらに聞こえてきました。
一同は窓の方向に目をやってからそれぞれに目配せをしてにっと唇の端を上げました。
「明けまして、おめでとうございます」
「おけおめことよろ」
「はっぴーにゅーいやー。卯年にあやかって今年こそはラヴィット! に出たいねえ」
三者三様の挨拶をしてシンクで順番に湯切りをすると、熱湯を浴びたシンクの底がべこっと大きな音を立てました。
「年越しペヤングも悪くないすなあ」アルパカがソースを絡ませたカップ焼きそばをこたつまで運びながらしみじみと言うと「ですね」「ウィ、ムッシュー」とよだかとシャチが続きました。

 改めて今年一年を振り返ると、誇張でも虚勢でもなく、生まれてから今まで過ごした中でいちばんの恵まれ年に違いないとよだかは強く思いました。
額の中央から左頬にかけての大きな赤黒いあざは、まるで鷹が翼を広げたような形をしています。
これまでラジオを通してでしか認知されていないよだかと彼らが初めて出会った時「よだか、変な言い方でごめん。……何がコンプレックスだよ、なんだよもうおまえのルックス、めちゃくちゃかっこいいじゃん! あざも、なんつーか、鷹みたいでむちゃくちゃイケてんじゃんかよ!」と目をまんまるにしながら興奮気味に唾液をギャンギャンに飛ばしながらシャチが気持ちを伝えてくれたあの時、よだかはこれまでの鬱屈した気持ちをダスターシュートにすべて投げ入れてもらえたように感じたのです。
彼のたった一言がよだかの20年の闇に光を与えてくれたのです。

夏の星座が織りなす白鳥座が凛々と輝くあの河川敷で、ただのいちリスナーでしかなかったよだかが奇跡的に彼らに出会えたことを、ただただ見えない「何か」に感謝することしかできませんでした。
こうしてペヤングをすすりながら「あ、今年の方角ってどっちだっけ」「いやそれ恵方巻き〜」といい歳をして阿呆のようにふざけ合い、しかし誰かを笑顔にすることに対しては至って真剣なふたりと過ごせることを、むかしの泣き虫なよだかに会い「おまえの未来はきっと明るいぞ」と伝えることができたならどんなに良いだろうと思ったりするのです。

いつまでもいつまでもこんなあたたかな春の日差しのような生活が続きますように。そのためだったらおれはすべてを犠牲にしても構いませんから。と粛々と鐘の鳴る夜、よだかはひとり静かに祈りを捧げておりました。
「おい麺伸びるぞ、よだか」

(おしまい)

よだかがふたりに出会うまでのお話はこちらから
↓↓↓




【あとがき】
このお話は先日の『文学フリマ東京35』での合同紙『聴こえる』に寄稿した『よだかの光』の続編にあたります。(後日noteでタイトルは『よだかの星』と記載しましたが当初のタイトルは『よだかの光』でございました)

ありがたくも寄稿のご依頼を頂いた際、はてどんな作品を書こうかなと少し迷いました。
と、言うのも『100文字小説大賞』のピックアップ作品が掲載されるのは知っていたのですが、それ以外の作家さんの雰囲気とあまりにも調和が取れないと浮いちゃうかな、と思い恐れ多くも宮沢賢治の作品をちょっとお借りしたわけです。

冊子『聴こえる』はイルカとウマの文学村さんが発行していて(+カラスさんが校正、製本に携わっています)わたしはお三方にお会いしたことがあるので、共通の知り合いに似たキャラクターが出てきたら、同じように寄稿をされた作者さんたちが拙作を読んだ時、多少なりとも親近感が湧くだろうという極めて汚い手を使ったわけです。

よだかやシャチやアルパカは、元となるカラスさん、イルカさん、しまうまさんとは全く別の性格です。作中に出てくる本名もかすりもしておりません。
そもそも御三方はこんなにチャラくないですし、よだかのようなあざもございません。

私自身お笑いが好きなので、来年はぱーてぃーちゃんのライブに行けたらいいなと思っております。いつか清水みちこさんのライブにも行きたい。
来年のことを言えば鬼が笑うと言いますが、来年の目標を立ててもすぐに忘れちゃうので日々美味しいご飯で腹を満たせれば幸いなのでございます。あと長生きしたい。

もし『聴こえる』の冊子購入希望の方がいらっしゃいましたら文学村サイトよりお買い求めくださいませ( ⚯̫ )📖

しまうまさんが書かれている四つのショートショートがめちゃくちゃ面白いですよ。
それでは、みなさま暖かくして良いお年をお迎えくださいませ。

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