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掌編小説『よだかの光』

この記事を書いているのは1/8夜22時半です。
明日は成人の日。
東京の降水確率は0%。
みぞれまじりの成人式にならなくてよかったと
なんら成人式に関係のない私はひっそりと安堵するのです。

二十歳を迎えたあなた方はこれからより
いろいろなことを体験することでしょう。

「じぶん割とお酒強くね?」と調子に乗って
記憶を無くしたりリバースしたり。
手当たり次第に恋をして、
そのたびに愛ってなんだよと叫びたくなったり。

コテコテにお化粧をして、夜遊びをして、
年間100万円の学費で何を学んでいるのか疑問に感じることもあるでしょう。

数年後には就活で髪を染めてひとつにしばって
みんなと同じリクルートスーツを着て右に倣えの現実に虚しくなったりするでしょう。

でもそういった浮いたり沈んだり、消し去りたくなるほどの記憶が、のちのちのあなたをかたち作る基盤になると私は強く思うのです。

さて、あなたと同じ二十歳の若者が、私の作った物語の中でいまひっそりと呼吸をしています。
あなたに見つけてもらいたくて、ひっそりと息をしています。

このお話は本当はnoteには公開しないつもりでした。
でも大人の私はとてもずるいので、最初の宣言をなしにして、できれば多くの人に読んでもらいたいという欲が出ました。

大人は、いつだって本音と建前を上手に使い分けるずるい生き物です。
だからこそもうすこし上手な建前がないか考えましたが思いつきませんでした。

「ひとつひとより知恵がない」
(BY 錦鯉 長谷川さん)

(もしnoteに本作を掲載しないことを知って、合同誌『聴こえる』を購入された方がいたらこっそり教えてください。何かお返しします)

前置きが長くなりました。
二十歳のあなた方がこれから生きる上で
たったひとつでも「光」となりうる何かが見つかりますよう、心からお祈り申し上げます。
改めまして大人になったあなたへ
成人の日、おめでとうございます。

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『よだかの光』

 よだかは、実に孤独な青年です。
 顔には額の中央から左頬にかけて生まれつきの大きな赤黒いアザがありましたから、幼い頃からアザを隠すために前髪を長く伸ばし、人目を避けて過ごしておりました。

 しかしこのままではいけないと高校卒業後に地方を出て都内の大学に進学するも、元来の人見知りがたたり自分から他人に話しかけることができず、二十歳になった今でも学友がひとりもできないというありさまでした。

 よだかには友人はいませんでしたが、心の支えとしている人がありました。お笑いコンビ「どうぶつ村」のシャチとアルパカのふたりです。
 彼らはお笑いの賞レースでは毎回予選敗退を繰り返してはいるもののプロデューサーの目に留まり、数年前に深夜ラジオのパーソナリティを勝ち取ったようでした。

 よだかは一人暮らしの生活費と卒業後から始まる奨学金返済資金を稼ぐため、サークルにも加入せず遊びもギャンブルもせず、大学の講義以外の時間は日雇いの解体工事と漫画喫茶のアルバイトを掛け持ちしてなんとか生計を立てておりました。

 よだかを採用した漫画喫茶の店長は面接時に彼のアザのことに触れませんでしたし、前髪の長さも指摘しませんでした。そんな店長のことをよだかは自身を受け入れてくれたように思えてとても好意的に感じました。

 収入を得るためのみでなく、店に貢献できればという思いでよだかは夜間帯も積極的に働きに出ました。
 働いて、働いて、時々何のために生きているのかわからなくなりワッと叫びたくなる衝動を抑えながら働いて、余計なことをいっさい考えないようにひたすらに働いて、それでも残高が特段増えることもなく、アルバイト先に友人ができるわけでもなく、学業と仕事の往復でよだかの孤独感はいっそう増すばかりでした。

 しかし、よだかは「死」で逃げることだけはいけないと自身に言い聞かせていました。    
 幼い頃に両親を亡くし親戚のもとで育ったよだかには「死」は容易いけれども何も生まないことを痛いほどわかっていたからです。

 夜勤労働には2時間の休憩が与えられます。よだかは従業員用の個室のベッドルームに入り、暗闇の中でイヤフォンを装着してからラジオアプリを起動しました。深夜3時、スマートフォンのライトだけがよだかを照らしています。

「今週もはじまりました。シャチとアルパカのおしゃべりどうぶつ村! というわけで、さっそくオープニングは『俺たちの貧乏飯』コーナーから行きましょう。貧困世代の我々の節約料理、腹を満たすアイデアを募集しているコーナーです。アルパカさん、最近なんかいいもん食べた?」
「俺たちほとんど一緒に生活してんだからわかるでしょうが。まじ草生える、っていうか本気で草!」
「そうなんですよ、最近俺たち給料日前とかその辺に生えてる草とか食ってんだよね。ごまドレかけると割といけるよなあ。本当は天ぷらがいいらしいんだけど、油が高いからさあ。さ、じゃあリスナーさんからの投稿読みましょうかね。まずは、常連さんのよだかから。今週もありがとぉう!」

 心臓がどきりとしてよだかはスマートフォンを両手で握り締めました。
「シャチさん、アルパカさんこんばんは。僕は最近ご飯を食べる前に水道水をたくさん飲んでいます。1リットルくらい一気に飲みます。水は健康にも良いそうですし、腹も膨れます。だって。よだかは相変わらず投稿文がまじめだよなあ。すごいよ、ハガキ職人なのに毎回ボケが1ミクロンもないからね。でもそれがよだかのいいところ、番組ステッカープレゼント!」

 よだかは口の端をへにゃりと曲げて笑い、ズボンのポケットから五センチばかりの楕円形のキーホルダーを取り出しました。番組ステッカーを十枚集めると贈呈される特製キーホルダーです。側面のボタンを押すと表面に刻まれた「シャチとアルパカのおしゃべりどうぶつ村」のロゴが虹色にちかちかと光りました。

 はじめての夜勤仕事の日、時間を持て余したよだかはラジオをザッピングしながら偶然この番組で指を止めました。

 ラジオからは「友人がひとりもできないし何もかもうまくいかないから死んでしまいたい」というリスナーの悩み相談にああでもないこうでもないと真剣に話し合っているふたりの声が聴こえてきたのです。

 ふたりの会話はいよいよ白熱し、ついにシャチが吠えました。
「友だちなんて作ろうと思ってできるもんじゃないし、永遠に物事がうまくいかないなんてことないだろ。それに、何かあるごとに死をちらつかせるのは卑怯だろうがよ。そんなやつ誰も相手にしたくないのあたりめえだろうが!」

 アルパカも続けて怒鳴ります。
「そうだ! 本心で思ってもねえくせに軽々しく死にたいとか言うんじゃねえ! 懸命に生きてる奴らに失礼じゃねえか!」
 怒号の直後に不自然なタイミングでタイヤのCMに切り替わり、ディレクターから指示されたためかCM明けにはどちらも冷静を保った声のトーンに戻っていました。

 下手なことを言えば降板の可能性もあるなかで「死をちらつかせるな、懸命に生きている奴らに失礼だ」と本心を露わにした彼らに対し、よだかは心の中であらん限りの称賛をおくりました。

 その夜よだかはふたりの言葉にたいへん心を打たれたことや、アザがコンプレックスでなかなか人に話しかけられないことなどをメールに綴り放送局に送ると、翌週のラジオでよだかの投稿文が読み上げられたのです。

 メールにラジオネームを書かなかったので、本名の横山タカシから文字を取り、ふたりは彼を「よだか」と名づけました。

 よだか、よだか。醜くて弱っちい俺にぴったりの名前じゃないか。よだかは与えられた名前をとても気に入って、まるで甘い飴玉を与えられたかのように何度も口の中で名を転がしては、へにゃりと笑いました。

 彼らのラジオを聴いてからというもの、よだかは週ごとに番組宛てに手紙をしたためました。不器用なよだかのことです、他のリスナーのような面白いネタはまったく書くことができません。同じ生活の繰り返しのよだかのことです、まぶしいほどの青春の日々について書くことは到底できません。

 それでも、自身の近況や生きていくなかで感じたことや、時には社会に対する疑問や、どこまでも追いかけてはよだかを暗闇へと追いやる孤独についてスマートフォンに熱心に打ち込み、ふたりのもとに文章が届くことを待ち望むようになりました。心のどこかで彼らと文通をしているような気にもなっていたのです。

 ある日、退勤前に店長室で給料袋を手渡しで受け取り一礼し、ドアノブに手をかけたところで背後から店長に言葉を投げかけられました。

「それにしても横山くんは偉いよなあ。大学行きながら生活費と奨学金、全部自分で稼いでるんだろ? 最近は一発当てるために芸人目指してる奴とか多いじゃん? 正直、俺あいつらばかじゃねーのって思ってんだよね。売れるのなんて一握りなのわかってねえのかな。 なんだっけ、最近聞く変な動物の名前の若手とか。横山くんみたいにまじめに働けっつーの。お得意の貧乏ネタとかも全部やらせなの見え見えっつーか、な?」

 よだかは店長の「な?」に上っ面の共感を示すことも全否定することもできませんでした。咄嗟にポケットの中のキーホルダーをさぐり、ボタンを力強くカチッと押しました。ポケットの中で光るキーホルダーの虹色を、よだかは見ることができません。
「まあ、横山くんはこれからも頑張って。夜勤シフト入ってくれるのすげえ助かってるし。そんなわけで今月のそれ、ちょっと色付けといたから」
「……失礼します」
 よだかは店長に背を向けたまま会釈も振り返りもせず足早に店を出ました。

 日勤終わりの17時、うだる暑さのなか、よだかは額に汗をだらだらと流しながらコンクリートを蹴って歩きます。
 大切な人を否定されたのに、言い返すことも否定することも殴ることも勢いで仕事を辞めることもできなかったよだかはたいそうみじめで、情けなく、唇をギッと噛み締めました。
 陽に照らされ揺れる黒い影をぼんやりと眺めながら、額や首元に流れる汗も拭わずさまよい歩いてどれくらいの時間が経ったでしょうか。

 ふと顔を上げると、先ほどまでじりじり身体を焼いていた太陽は西の方角へ移動して、群青だったはずの空はやわらかなオレンジ色と紫のグラデーションに遷移して、日中の熱風とはまるで異なる涼やかな風がよだかの赤黒いアザを撫でて行きました。よだかはいつの間にかのったりと透明な水が流れる河川敷へとたどり着きました。

 膝丈までの緑が揺れるこの場所には先客の男性がふたり。しゃがみこんでスマートフォンの画面と草を見比べながら真剣な面持ちで観察している様子です。
「これ、食えそうじゃねえ?」
 痩せたメガネの男が言えば、
「いけそうだな。この前、親からお中元のサラダ油分けてもらったから天ぷらにしようぜ」
 背の高いもうひとりの男がニッと笑って答えました。
「この花の蜜吸ってみろ、飛ぶぞ」
 なんだそれと笑う彼らを見て、よだかは胸が高鳴りました。やらせでもなんでもない、嘘にまみれていない彼らが目の前にいたのです。

 よだかはキーホルダーを取り出し、ボタンを押してから「あの」と声をかけようとした刹那、店長とのやり取りを思い出し喉がカッと熱くなりました。
(馬鹿か、この裏切り者がどのツラ下げて話しかけるんだ)

 よだかが足元の草をぐりぐりとつま先で踏みにじり、踵を返し元来た道に帰ろうとしたとき、手元が狂いキーホルダーを落としてしまいました。と、同時にアルパカがこちらを振り返り、発光するそれに気づいてよだかに声をかけました。

「にぃちゃん、なんか光ってるの落としたよ。これあんたのだろ?」
 キーホルダーを拾い上げたアルパカに呼び止められたよだかは、一回深呼吸をすると顔の左半分を手のひらで隠してから振り返り、こくりと頷きました。

 アルパカの手の中にはよだかの宝物が優しくちかちかと点滅しています。シャチもこちらまで寄ってきてキーホルダーと不自然に顔に手を添えたよだかを交互に見比べ
「もしかして、おまえ、よだか?」と静かに問いかけました。

 よだかは目をぎゅっとつぶってぶんぶんと何度も首を縦に振りました。
「そっか、よだかかー! まさかリアルに会えるなんて思わなかったよ。おまえ今暇? なら一緒に食える草探してくれよ。今夜は野草天ぷらパーリナイなんだぜ」

 シャチは旧友のようによだかの背中をばんばんと叩きましたが、よだかは素直に喜ぶことができません。店長とのやり取りを上手に説明することもできないまま、もやもやとした気持ちを抱きつつ、周囲の草花をぐるりと見渡したのち、これは食べられる、これはえぐみが、こっちはおひたしに、とテキパキと草を選別していきました。先ほどの罪償いとしてせめて彼らの役に立ちたい一心での行動でした。

「よだか随分詳しいのな?」
 シャチが顎に手を置き、感心してよだかの動きを観察しています。
「ラジオで野草食べてるって聞いてからネットで色々調べたんす。あ、アルパカさん、それはだめです腹壊します」
「おまえ、俺たちのラジオめっちゃ聴いてくれてんのな。しかも投稿通りむちゃくちゃまじめでウケる。そんなにまじめなら……いっそ俺たちのマネージャーになってくれたらいいのに」 

 ニコニコとした表情でシャチがアルパカに視線をやりました。
「まじでそう。俺たちの事務所、マネージャー業も芸人に兼任させてんだよ、信じらんないだろ? 卒業したら俺たちのとこ来いよ。もちろんよだかが良ければ、だけど。その時までにはもっと売れてマネージャー雇えるくらいにはなっとくからさ。よだかくらいしっかりしたやつに管理してもらった方が俺たちもネタ作り専念できるし。なんならマネージャーじゃなくて、どうぶつ村のメンバーになってくれても歓迎するけどな。まじめ芸人ってめちゃくちゃウケるから」

 大真面目な顔をしてアルパカが提案するのでよだかは面食らってしまいました。
 ラジオで何度もやりとりしていたからと言って、初対面の人間にこんなに簡単にマネージャーとしての仕事を依頼するでしょうか。おまけに芸人としてのスカウトまで。

 にわかに信じられない話ではありますが、よだかは彼らが口先だけの人間ではないことを十二分に知っていましたから、与えられた言葉を疑うことなく素直に受け入れることができました。

 よだかがふたりの瞳をしっかりと見つめ 「不束者ですが一所懸命頑張りますので卒業後、どうか一緒に働かせてください!」と深々と頭を下げたとき、空は藍色の宵を迎えようとしておりました。

 どこまでも続く天空には今夜、白鳥座を織りなす一等星のデネブがひときわ美しく輝いています。
 太陽に照らされ色濃く地を這っていたよだかの影は、月明かりにスライドした今、ほんの少しだけ薄くなったようにも見えました。

 こうして真夜中のプラットフォームを超えて、陸や海や空の隔たりを超え、小さな河原で再会した動物たちは、その先ずっといつまでもいつまでもお友だちであったということです。

(おしまい)


『よだかの光』の続編はこちら


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