【掌編小説】スタールビーの月
寝付けぬ夜と達することのできないアレは似ている。もう少しで堕ちそうなのに堕ちることなくもどかしく、そして静かにフェードアウトしていくところが。
パート主婦みのりは、派遣社員たかおと社内不倫をしている。
初めてことに及ぶとき、みのりは躊躇した。
踏み出したら失うそれらをしたたかに計算した。
そしてたかおに提案する。
「はじめに私がホテルに入るでしょ?その後、たかおくんがホテルに入ります。
からの、あれをするんだけど、そこには2人の合意はないテイでするわけ。
つまり強姦のテイでされて、私は泣き寝入りするから警察には届け出ない。これって不倫じゃないよね?」
三秒待ってたかおが呆れ顔で言った。
「みのりさん、頭バグってんじゃないの」
「名案ここにありだと思ったんだけどな」
「しかも俺にしかリスクないし。最悪犯罪者じゃねーかよ。自分ばっかずりー」
2人は居酒屋でハイボールを飲みながらこの後どうするか話し合っていた。前々からお互いを意識しあってはいたが、今日サシ飲みをしてお互いに好意があることを知ったのだ。
「俺、みのりさんとやってもドロ沼は勘弁ですよ。そっちが離婚しても俺責任取りません。慰謝料とかほんと勘弁」
「言うねー。じゃあなんでやるんだろうか」
「そりゃ穴があって棒があったら突きたくなるのが人間でしょ。子どもだってアリの巣に棒突っ込んでますよ」
「山があるから登るみたいなこと言われてもねえ。ほんとたかおくんは口悪いわあ」
「そんなんお互い様だし」
ホテルから出た後、見上げた月が赤い。
「スタールビーみたいでキモい」
「なにそれ」
たかおがタバコに火をつけながら言った。
紫煙がふぁと吐き出された。
「グレープフルーツの種類。赤々して果肉が肉肉しいやつ」
「月がキモいですね」
「漱石もこの色の月見たのかなあ」
「俺タラレバ言うやつ嫌い」
「私、歩きタバコする奴嫌い」
たかおがふんっと鼻を鳴らした。
「みのりさん、さっきいけなかったでしょ」
「だったらなによ」
「いや、俺ばっかで悪かったなって」
みのりはたかおの背中をばんばん叩く。
「意外と気にしいなのね」
「なかなか割り切るのも難しいっすよ」
地下鉄の入り口でたかおと別れた。
夜11時。
今夜も不眠が私を舌舐めずりして待ち構えている。
夫には彼氏がいることを去年知った。スマートフォンのLINEの内容をたまたま見てしまった。夫が私に秘密にしようとしていることも知っている。
私の夜はまだ始まったばかりだ。
振り返ったらスタールビーの月がニヤついていた。
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