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超掌編『夢のような薬』(497文字)

 新薬の研究をめぐり、連日マスコミが情報の争奪戦を繰り広げていた。

「この薬でどんな細胞も若返るというのは本当ですか?」

 おぼつかない足取りで杖をついたR製薬会社のY社長に、マスコミがいっせいにマイクと望遠レンズを向けると、広い額を撫でつつ彼は口を開いた。

「可能性はあると言って良いでしょう。しかし研究段階ですので道のりは長そうです。何しろ神の領域に入りかねない夢のような薬ですので」

 にこりと微笑んだY社長の深みのあるほうれい線は、記者らに彼の人生の重みを想像させた。

 一年後、R製薬会社で倫理問題をクリアしていない状況での臨床試験を実施したという黒い噂が広まった。

 R製薬会社は、弁解のためにホテルにて記者を集め緊急記者会見を開くことにした。
 フェイクニュースと伝えるために。

 Y社長はホールの上手から颯爽とした足取りで壇上にあがる。
 彼の肌艶は良く、姿勢は正しく、黒々とした髪にはこしがあった。

「この度は偽の情報でお騒がせして申し訳ありません。倫理問題との折り合いもあり、残念ながら夢の薬の実現はまだまだ先になりそうです」

 悔しそうに顔を歪めるY氏の口元のほうれい線は、今やうっすらとしか刻まれていなかった。

(了)



この掌編は板野かも様主催の『匿名超掌編小説コンテスト』に応募した作品です。

(意図)
「神の領域を侵す新薬」を志の低い者が手に入れたなら、下々の国民の治療に使われることは程遠いだろうな、という皮肉を込めて書きました。

(反省点)
Yが自身を実験台にした経緯を書くと前半と後半でコントラストがはっきりしたかもしれません。「夢のような薬」なのにYが顔を歪ませて終わっている。隠しきれない「にやつき」の描写を入れた方が良かった。

(モチーフ)
山中教授のIPS細胞研究。もちろん、山中教授は素晴らしい研究者であることは言わずもがなです。

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