【掌編小説】わたしのおうちはどこですか
私のおうちに帰りたい。
さっき会社で佐藤まなと言い合いをしました。二個上の先輩、佐藤まなは彼女と同期の大石先輩のことが好きで、それは堂々と公言してるから周知の事実。大石先輩も否定すりゃいいのに悪い気がしないのかへらへらして、でも2人は付き合ったりはしない。お付き合いしていることは断固拒否している。2人を見ると本気で腹が立って関節技きめたろかこの女と思うことはあるけど、わたしは大の大人だもの。そんなことはしない。なぜ関節技を決めたい欲望に駆られるか。そんなのわたしが大石先輩に恋しているからに決まっている。
27歳商社事務職勤務の私、石井なつめ。現在彼氏なし。一人暮らし。結婚願望強し。
対する29歳同商社営業職勤務、大石直樹。ウェーブのかかったくしゃくしゃの髪がトイプードルみたいで、かわいい。歳上なのに癒される。職場の女性の半数以上は大石ファンとみた。
時間を少しだけ遡り、佐藤まなとわたしの乱闘シーンに戻そう。
仕事が片付き、佐藤まなは会社の休憩室で一服していた。
「お疲れ様です」
後輩の私が先に声をかける。
けだるげな佐藤まな。
「あーあ、こんなに疲れちゃったら、大石くんに頭ポンポンしてもらわないとやってらんなーい」
この時、わたしの頭のなかにある糸がぶちりと切れた。
「大石先輩ってそんなに安いんですか?」
佐藤まなが私をギッと睨む。
「大石くんは優しいから」
「そんなの誰でも知ってますよ」
「あーダメだ目を合わせられない」
いきなり佐藤まなが目を伏せ始めた。
なんでも、目を見開いて話すひとと目を合わせられないだと。
幼稚園のときに、大事なことは目を合わせて話しなさいって言われませんでした?先輩。わざわざ言わんでも目ぐらい伏せれるだろ。馬鹿か。
要するに精神が弱いふりしてんだろ。あたし弱いんです〜って言って、寄ってくる男にはべったり甘えるのがすきなんだろ。
大石先輩だって付き合う気ないなら、さっさと振れよクソ野郎。あー、そっかもうおやりなのか。
つまりはくそ女とくそ野郎でお似合いってことですね。
いらいらしているうちに、後頭部に鈍い痛みが走った。
どうやら佐藤まなが休憩室の鉄パイプの椅子で、私の後頭部を思い切り殴ったようだ。
激痛で振り返れない。
「死ねよブス。邪魔すんなんよブス。勝手に割り込もうとしてんじゃねえよいきりブス!」
くそ野郎同士でお付き合いしていただいていいから、救急車を呼んでほしい。死ぬかも。
私の右耳と鼻からは血が出ていて、耳鳴りがグワングワンになっていて、人ってこんな、こんなどうしょうもないことで死ぬんだなって思った。わたしは、おうちにかえりたいよ。
人差し指に鼻血をつけて、休憩室の床におうちを描いた。次の瞬間、佐藤まなの二打撃めを受け止めた。安っすい男と付き合うことが、そんなにも彼女の安らぎだったのか。私こそそんな安っすい男と寝たかったのか。
もうそんなことどうでもいいからはやく、はやく、わたしの、いとしいおうちは、どこですか。
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