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【掌編小説】僕のいとしのミーちゃん

僕のかわいいミーちゃんは、とっても情けない顔で泣く。

ミーちゃんというのは彼女のあだ名で、本名は「ミーちゃん」という音とはかけ離れている。
みつこでも、みやこでもみやびでもない。宮下さんでも三井さんでも三宅さんでもない。

でもないけどミーちゃんと呼んでいるのは、どことなく彼女が猫っぽいからだ。
猫っぽい気紛れな性格、猫っ毛の肩下まである黒髪、細っこい体、猫背。

だから猫っぽい名前の代表格である「ミーちゃん」という名を、僕は彼女に出会ってすぐ名付けた。
うん、いい名前。
彼女をミーちゃんと呼んでいるのは僕だけだ。

僕とミーちゃんは大学時代からの友人だ。
僕たちは地球市民学科という馬鹿丸出しの学科を専攻していた。もちろん2人とも別の大学に行きたかったけど受験した結果普通に落ちて、それでよく言う「自分探し」のため滑り止めの大学に入学した。4年間のモラトリアム。

彼女と僕は大学を卒業し、ミーちゃんは伊勢丹の婦人靴売り場で売り子さんをしている。社割で服や靴が買えるんだとよく自慢をしていて、僕がお願いすると安く服を買ってきてくれるのがありがたい。

一方僕は家業の乾物屋の三代目として働いているから、いい昆布入ったよとか、新茶いる?
とか彼女に聞くのだけどぜんぜん興味を持ってくれない。
イナバのグリーンカレーの缶詰は食いついてくれたけど。
それと新米を売り出した時は買いたいと言ってくれた。

僕の自宅からミーちゃんの家は徒歩で30分くらいのところにあるのだけど、5キロのコシヒカリを抱えて彼女の家まで歩くのは結構しんどかった。今になってはいい思い出。

僕は大学1年の頃からずっとミーちゃんのことが好きだった。
ミーちゃんは笑うと目がなくなって猫みたいな表情になる。
そして怒ると手がつけられなくなる。
大学生ってもうだいぶ大人だよね? なんでそんなに怒れるのっていうくらい、ご立腹時のミーちゃんは逆毛を立ててフーシャー!! って怒り狂うんだ。

学内で怒り狂った彼女をなだめるのはいつも僕の役目だった。
ミーちゃん、甘いの食べに行こうよ。ミーちゃん、いまから後楽園の温泉行こうよ。
そう提案するとミーちゃんは、横山くんいま後楽園って言わないんだよラクーアって言うんだよと逐一訂正をする。はいはい、ラクーア行こうよ。

学生時代からミーちゃんは男の趣味が異様に悪かった。そのくせすぐ人を好きになった。
すぐ好きになって、自分から好きだって言っちゃうから男にいいようにされて、また振られて、懲りずにまたすぐ別の人を好きになる根っからの恋愛体質で、だから僕はとても心配だった。
周りの子たちも絶対あの人はやめた方がいいと言っても聞かず、反対されると返って燃えるみたいだった。

だから彼女は学友たちにもうあほなんじゃないのと冷めた目で見られていて、横山あんたと付き合えば落ち着くだろうから付き合ってやんなよと外野から何度も言われた。
できるものなら僕だってミーちゃんと付き合いたかったけど、ミーちゃんは一向に僕に振りむいてくれなかった。

彼女に3度目の「好きだ」を断られた大学3年生の秋、もういいや僕は外野から応援しようとミーちゃんに関するすべてをあきらめた。

乾物屋の三代目として経営のいろはをおぼろげながら掴み始めたこの頃、町内の「三代目会」という名の飲み会に出席した帰り道、ミーちゃんから電話がかかってきた。

着信音はあいみょんの「君はロックを聴かない」。なんとなくミーちゃんのテーマソングっぽいから着信音として設定している。

「はいはいミーちゃんなあに」

心地よく酔っ払っているなかでミーちゃんの声を聞けるなんて嬉しいな。電話の向こうではぐしゅぐしゅと鼻をすする音がする。

「振られた」
「はい? 」
「みつるに振られた」
「え? 」
「だから、みつるに、振られたんだっつってんでしょ! 何度も言わせんな」

みつるというのはミーちゃんが好きで好きでしょうがないと自称しているミーちゃんの彼氏だ。ああ、そう振られたの。え? 振られたの?

「なんで? 」
「わかんないけど、好きな人できたって言ってた。けどそれも本当か分かんない。私がなんか変なことしたのかもしれないしわかんない」

恋人に対してすぐ疑心暗鬼になるのはミーちゃんの悪いところだ。なんであれだけ好きだと言っていたのに好きな人の言ったことを信じてあげないんだろう。

もうかれこれ1時間ほどミーちゃんは僕にがさがさした気持をぶつけ続けている。
ミーちゃんがいかにみつる君を好きだったか、どれだけみつる君のために時間を割いたか、みつる君の頭の良さ、器用さについて。みつる君のルックスの素晴らしさについてなど延々と続く。

僕、なんかわかった。
ミーちゃんの気持ちが重すぎたんだよきっと。こんな比重じゃうまく行くわけがないでしょ。これ言ったらしばかれるから絶対言わないけど。

ミーちゃんは電話口で泣きじゃくりながら、鼻水すすりながらお話している。
僕はうんうん、それでそれでと合いの手だけを打つことに専念する。
モバイルバッテリーを接続していたのにもうスマホのバッテリーがやばくなってきた。
ミーちゃんのお話はこの後も延々続きそうだから僕は提案する。

「ミーちゃん、よかったらいつものデニーズでお茶でもしない? 」

僕、すごくない? ずっと好きで、でも付き合えない女の子の失恋話を1時間も聞いてさらに直接会ってお話聞くよって言えちゃうんだぜ?

自分でもほとほと人が良すぎると思うけど、感情がぐっちゃぐちゃになってしっちゃかめっちゃかになっている女の子は放っておけない。

本当は女の子ってびっくりするほど丈夫にできているから放って置いても大丈夫なことを知っている。でも放って置きたくない。

どうせチャンスボールって思っただけだろ? っていうご意見もあるだろうけど僕、そんな時に手を出すほど野暮じゃないよ。
こんな状況で寝たって気持ち良くないから。
ミーちゃんだってそんなこと望んでないだろうし。

デニーズでふたりともオニオングラタンスープを頼んで、深夜2時まで過去のノロケ話と失恋話を聞くに聞いた。
あらかた彼女の気持ちが満足したのか、ミーちゃんは僕を彼女の部屋に誘った。
言っておくけどそういう言う意味じゃないんだからねと僕に釘を指す。

わかってるよ、1人は淋しい、2人は息苦しいって奴だろ。僕、中性的って良く言われるし、わかってるよ。

朝になってベッドで丸くなって眠るミーちゃんを横目に僕はキッチンを借りて朝食を作った。

2、3人用の土鍋を見つけたのでご飯を炊いて、出し巻き卵を作って、乾燥わかめを戻して味噌汁を作って、ついでにタコさんウインナーも作った。

「いい匂い」

と鼻をすんすんしながらミーちゃんが起きて来た。
朝のガラガラしてる声っていいな。すっぴんだから顔が幼くなって可愛い。ぼさぼさの髪、なんか野良猫みたいで愛おしいな。

「ごめん、勝手にキッチン使った」
「いいよありがと、ちゃんとした朝ごはん久しぶりだからうれしい。私納豆たべようかな」

そういってミーちゃんは冷蔵庫から納豆を1パック出して、テーブルに置いた。
そして彼女はスマホをベッドから持ってきて、手元で操作をする。ラジオ?
スマホでラジオが聴けるんだよとミーちゃんが言う。私のうちテレビないでしょ? だからラジオを良く聴くの。

テーブルに料理を並べて、土鍋の蓋を取るとご飯の炊きたてのいい香りがした。ご飯をよそって頂きますとふたりで手を合わせる。

「私ね、みつるの前で納豆食べられなかったんだ」
「なんで」
「なんか格好悪いなと思って」
「なにそれ」
「格好悪いの嫌だったし、いつでも綺麗でいたかったんだよね。デートのとき、ジーパンも履いたことないし、痛いの我慢してヒール履いてたし」

そうか、伊勢丹の社割で買った卑弥呼のヒール。

「ミーちゃんは随分と窮屈な付き合い方してるのね」

そだね、といってミーちゃんは納豆を箸でねばねばかき混ぜる。僕はタコさんウインナーをつまむ。タコ、ちゃんと脚が広がってすごいじゃんとミーちゃんが褒めてくれる。

私ね、納豆大好きだし、ジーパンとスニーカーでサクサク歩きたいし、化粧だってそんなにしたくないんだよ肌荒れるからとミーちゃん。

「そういうの、全部許容してくれる人と付き合えばいいじゃん」

そんなに難しくないでしょ? と僕は添える。なかなかね、と彼女。

「僕は全部許容するけど」

あ、うっかり変なこと言っちゃった。そういうつもりじゃなかったんだけどな。
ミーちゃんの目が泳ぐ、全部許容なんてできるわけないじゃんと突っかかってくる。
そだね、全部は無理かもと答える。
普通はそうでしょ? 横山君も納豆半分食べる?と聞かれたからうん食べたいと頷いた。

ねえ、ミーちゃんの頭のなかにみつる君がいても僕かまわないよ。
僕、2番手でいいよ。そういうの慣れてるから。
家猫じゃなくて、野良猫みたいにある日ふっといなくなって、またそのうち戻ってくるそんな関係でもいいよ。
寒い時だけ近寄って来て、暑くなったらどっか行っちゃう、そんなミーちゃんでも許容するよ。
そう思うけど僕はもうこれ以上口を開かない。だってもうこういうの4回目になるから。

「ご飯おかわりしようっと。横山君、炊き加減ばっちりだね」

今日のミーちゃんは食欲旺盛でご飯を三膳も食べた。僕が前にあげたアミの佃煮とか、高級南高梅を冷蔵庫から出してきてご飯のお供にした。乾物屋の三代目でよかった。

きっと失恋してカロリーを消費したからお腹が減ったんだろう。ミーちゃん、みつる君の前じゃ見栄張っておかわりだってできなかったんだろ? かわいそうに。

僕の前で好きなだけ食べたらいいし、好きなだけ情けないところを見せてほしい。 
もっと自由に、休日にはスニーカーとジーパンで酷い顔してジェットコースターに乗って、回転寿司で皿の枚数を気にせずモリモリ食べて、本当は甘いものよりしょっぱいのが好き! と断言してほしい。
僕はいつまでも外野だけど、もうそれでいい。
愛しのミーちゃん、少しは学習してほしいけど、そのままの君でいて。

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