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映画「after sun/アフターサン」が刺さりすぎたので感想を書いてみる

一年半ほど前からだろうか。
映画を観たら他の人の感想や考察を見る前に、まずは自分が感じた新鮮な感想を記録するように習慣づけている。

元々は、映画を観たら真っ先に有名映画ブロガー三角締めさんのブログをはじめとする映画感想・評論記事等々を周回してから自分の感想も組み立てていたのだが、ある時ふと「それって人の視点にフリーライドしているだけで、本当の私の感想とは言えないのでは?」と気づいた。

きっと賢い人は初めから気づいているだろうに、恥ずかしながらそんな至極当然のことに20代も半ばを過ぎて気づいてからは、なるべく映画を観てすぐfilmarksに自分の感想を綴るようにしている。
とはいえ、一口に映画好きと言っても私よりも詳しい人は上を見ればキリがないほどいるし、「感想を書くぞ!」と意気込みすぎるとかえって書けなかったりするので、「おもろ〜」や「最高」としか書いていない時もある。
でもそれでもいいのだ。なぜならそれもまたフレッシュな感想だから。

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前置きが長くなったが本題に入る。
先日、渋谷のヒューマントラストシネマにて映画「after sun/アフターサン」を観てきた。
事前にざっくりとしたあらすじだけは頭に入れていたが、実際に観るとこれがかなり刺さってしまい、filmarksに感想を書くだけではどうにも気持ちが収まらなかった。
ので、 勢いに任せてnoteにも書いてみる。

※ややネタバレあります
※あくまでも個人的な感想です

「after sun/アフターサン」あらすじ

思春期真っ只中、11歳のソフィ(フランキー・コリオ)は、離れて暮らす31歳の父親・カラム(ポール・メスカル)とトルコのひなびたリゾート地にやってきた。
まぶしい太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、ふたりは親密な時間をともにする。
20年後、カラムと同じ年齢になったソフィは、懐かしい映像の中に大好きだった父との記憶を手繰り寄せ、当時は知らなかった彼の一面を見出してゆく…

出典:「after sun/アフターサン」公式HP

まず何が刺さったかって、ソフィとカラムの年齢。
びっくりすることに私は今年の秋で30歳になるのだが、となると20年前は10歳。
そのため11歳のソフィ、31歳のカラム、そして31歳になったソフィの全員に自分を重ねて観ることができた。
この点に関しては、本当に公開中の今観て良かったな、とつくづく思う。

11歳のソフィがカラムに投げかけた、「11歳の頃どんな31歳になっていると思ってた?」という、無邪気だからこそ残酷な問い。
それを受けたカラムの、心の奥底にある後悔や苦しさを静かに呑み込むような表情。
私はあれを知っている。
10歳の頃、そこに至るまでの道程など考えもせず無責任に未来の自分に託していた理想と、何ひとつ理想通りじゃないまま30歳を迎える自分。
いまや最も遠い場所にいる相反する2人の自分を、ソフィとカラムに重ねずにはいられなかった。

また、2人がひと夏の休暇を過ごすリゾート地のリゾート具合(?)もたまらなかった。
公式のあらすじにもある、まさに「ひなびた」という言葉がぴったりの、大衆的でどこか古びた部屋、プール、レストラン。
日本で言えばハワイアンズやホテル三日月といったところだろうか。

このトレンドや映えなどからはかけ離れたリゾート地特有の非日常感や浮遊感が、またたまらなく懐かしく、切ない気持ちをくすぐる。
まるでもう二度と戻れない、記憶の中にしか存在しない楽園そのもののようで。

映画の中では、父と娘の決定的な離別は最後まで描かれない。
それでも、「これが2人にとって最後の時間」であることを暗に、しかしはっきりと明示する不穏なカットが劇中ふとした瞬間に差し込まれる。
聡明で利発な11歳のソフィーは、もしかしたらその不穏な気配を感じていて、それを打ち消すように努めて明るく、飄々とバカンスを過ごしていたのかもしれない。
だけど、その明るさが時にカラムの触れて欲しくない部分を焼き、小さな火傷を点々と作っていたのかもしれない。

印象的だったのは、カラオケ大会で披露した歌がお世辞にも上手いとは言えなかったソフィに対しカラムが「歌を習ってみる?」と聞くと、ソフィが即座に「そんなお金ないでしょ」と返したシーン。
あの時のカラムの傷ついた表情が忘れられない。
そして、そんなカラムが大衆的とは言え決して安くはないであろう数日間のバカンスを娘と過ごしたり、高価なトルコ絨毯を買ったりしたってことは、やっぱりそういうことだったのかな、と思ってしまう。

終盤、バカンスももうすぐ終わるという夜に父娘が踊るシーンでQueenとDavid Bowieの共作曲『Under  Pressure』が流れた時は、映像の美しさと曲の世界観があまりにもシンクロし、エモーショナルの波に飲まれて涙が止まらなかった(隣の席の人も泣いていた)。

一時期毎日のように聴いていたので個人的な思い入れもあったけど、このシーンと合わさることでこれ以上ないと思うほど心を揺さぶられた。
プレッシャーに押しつぶされそうな中で、路頭に迷って、心はバラバラになって、それでももう一度、これが最後だと踊る。
許されるならワーッと声を上げて泣きたかった。マナー違反なので我慢しましたが。

でもそうなんだよな。
子供の頃は30歳前後ってもう成熟しきった大人にしか見えなかったけれど、本当は全然そんなことなくて、毎日プレッシャーに押しつぶされそうになっている。
助けて!誰か助けて!と泣き叫びたいのをグッと堪えてるけど、時々こぼれてしまう。
大人になんかなれていない。ましてや10歳、11歳の頃に思い描いていた大人になんか。

先に書いた通り明確には描かれていないまでも、きっとこの父娘はこのバカンスの後決定的な別れを迎えたんだろう。
それを考えると、全体を通してどちらかと言えば悲しい話なので、結構好き嫌いが分かれる作品だと思う。
それでも、この映画を観た後私はどこか救われる思いがした。
今年この映画に出会えて良かったなあ。


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