小説「自殺相談所レスト」8-3

自殺相談所レスト 8-3

登場人物
嶺井(ミネイ)リュウ
依藤(ヨトウ)シンショウ
森元(モリモト)カズキ
関(セキ)モモコ
五月女(ソウトメ)チヨ


 目が覚めたとき、最初に嶺井の視界に入ったのは依藤のにやついた顔だった。依藤はポケットからスマホを取り出しながら話しかけてきた。

「やっと起きたな、リュウ。今の状況、わかるか?」

 嶺井は暗がりの中、体を動かしてみた。椅子に縛られているようだった。手は後ろ手に縛られ、『力』が使えないようにされている。さらに辺りを見渡し、今いる場所に見覚えがあることに気づいた。

「ここは……この間の廃工場か?」

 富山を尋問した場所だ。

「そ。前回は捕まえる側だったのにな。」

「依藤、どういうことだ?関はどうした。」

 質問しながら、嫌な予感がした。

「今、森元のやつと一緒に事務所にいる、人質としてな。」

 依藤はスマホを操作しながら、平然と言ってのけた。

「つまり君は、森元さんの側に付いていた、というわけか。」

「そゆこと。」

 嶺井にとって、最悪の展開だった。森元の自信の訳が分かった。

「リュウ、お前は危険だからここに隔離されたのよ。んで、俺は一番楽しい仕事を振ってもらった。」

 依藤は銃を取り出すと、嶺井に向けた。

 なるほど、そういうことか。

「君がそういうやつだってのをすっかり忘れてたよ。」

「分かってくれてうれしいぜ。超能力者を殺す機会なんてまず訪れるもんじゃねえからな。それに寝返りってのも一回やってみたかった。」

 ここ二年は嶺井や関と行動を共にすることが多かったが、依藤とは本来こういう、快楽主義の人間なのだ。暗殺業ですら、刺激のために選んだ職だ。興味本位で嶺井のことを狙ってきてもおかしくはない。

 依藤の持っているスマホが鳴った。おそらく、森元からだ。先ほど嶺井が起きたことを連絡したのだろう。

「さて、幕が上がるぜ、リュウ。」

 依藤は嶺井に近づき、スマホを向けてきた。電話の向こうから森元の声がする。

「嶺井リュウ、状況は理解できたな?こちらには人質が二人いる。お前の態度次第では一人になるかもしれない。」

「二人だと?」

 依藤が思い出したように付け加えた。

「いけね……あの後、例のチヨちゃんって子も事務所に来たから、ついでに捕まえたんだよ。」

 なんだと?

 嶺井はスマホに向かって叫んだ。

「森元さん、もしあなたの目的が復讐なら、その二人は関係ないはずです!」

 電話の向こうからクックッと笑い声が聞こえた。

「復讐だと思っている、ということは、やはりアカネはお前に殺されたのか。」

 しまった!

 嶺井は森元が怒り狂うのではないかと予想したが、森元の声は落ち着いていた。

「いいんだ嶺井、そのことを責めちゃいない……アカネの闘病生活は過酷だった。お前は安楽死を依頼されたんだろう?」

 復讐じゃない、だと?

「アカネは不安な時強がるからなあ……平気なふりしておどけて見せる、お前なら知ってるだろう。」

「ああ……」

 だとしたら、彼の目的は……?

 森元が静かに語り始めた。

「12の時に両親が離婚してな、アカネは母方、俺は父方に分かれた。だが俺は父親に黙ってアカネと会っていた。親に頼る気はなかった。俺の手で、アカネを守ってやると誓ったんだ……なのに、なのに……若年性のガン、だと?ふざけるな!!!アカネが、何をしたっていうんだ!!!あんなにいい子なのに!!!」

 森元の叫びは痛々しかった。

「アカネの為に俺は必死に働いて金を貯めてた!少しでもいい治療を受けさせるために!俺の生活は全てアカネの為だった!なのに……なのに!!!」

 全てをささげる、それは狂気を意味する。

「代われるものなら代わってやりたかった……アカネを失った俺はまさに虚無さ……淡々と仕事をするだけの、生きる屍だった。」

 嶺井は口をはさむことにした。彼が病んでいる人間ならば、説得の余地があるからだ。

「あなたは虚無なんかじゃなかった!瀬戸内さんがいた!彼に友情を感じていたからこそ助けようとしたんでしょう!」

 瀬戸内から親しい友人がいるという話は聞いていた。依頼人として森元が話したことは嘘ではないはずだった。

「嶺井、簡単なことだ、友情と生きがいは別なんだよ。」

 横にいた依藤が小さく笑った。確かにこの男も、友情と生きがいを別勘定で生きている。

「俺は瀬戸内には感謝している。あいつはうっかりお前の名前を漏らしたことがあってな。驚いたよ、アカネの彼氏と同じ名前だったからな。」

 嶺井は依頼人に、レストのことは伏せるように頼んでいる。早い段階で『力』のことを明かし『こんな話は人に話しても信じてもらえない』と思わせることで、その秘密に心理的な封をする。仮に嶺井の名を出しても、多くの人間は興味のない名前など忘れるだろうというのが嶺井の読みだ。しかし瀬戸内のケースは、嶺井にとって、あまりに皮肉な偶然だった。

「俺は二つの疑問がわいた。一つは、アカネもお前が安楽死させたのではないかという疑問、そしてもう一つは、そんなことをしてどうしてお前はのうのうと生きていられるのか、という疑問だ。」

「どういうことです?」

 嶺井は思わず聞き返した。

「だってそうだろう!お前が冷徹な詐欺師ならともかく、本当にアカネを愛し、それゆえ安楽死をしたのなら、お前の心は壊れるのが当たり前だろう!俺のように!」

 は?何を言ってるんだ?

 正面にいる依藤がにやりと笑い、小さくつぶやいた。

「いかれてるな。」

「嶺井!アカネや瀬戸内の話からお前が心の優しい人間であることは認める!だがそれならなおのこと、お前は死ななくちゃいけない、壊れなくちゃいけない、でなければアカネの死と釣り合わない!!!」

 は?何を言ってるんだ?

「嶺井!!!俺はお前を苦しめたうえで殺す!そしてその後俺も死ぬ!これが正しい結末なんだよ!」

 余りに理不尽な主張だったが、嶺井はまだ冷静だった。

「聞いてください、森元さん、あなたがアカネを深く愛していたのはわかりました、きっとアカネもあなたのことを愛していたでしょう、なら、そんなアカネさんは、あなたと僕が『壊れる』ことは望まないはずです!」

 電話越しから高笑いが聞こえた。

「さっきもそんなことを言って俺の自殺を止めようとしてたな、だが無意味だ、死人は死人だ、どれだけ愛した人の言葉を思い浮かべても、それは虚像に慰められているだけなんだよ!」

「虚像なんかじゃありません!アカネと過ごした思い出や愛した事実は本物です、それを否定したら、あなたの心の中からもアカネは死んでしまう!」

「何を言っても無駄なんだよ嶺井!俺だって最初は自分にそう言い聞かせてた、アカネの分も生きようって思った……だが、ダメなんだよ、アカネは俺の世界の中心だったんだ……虚脱感から抜け出せないんだよ……」

 嶺井は言葉を失った。

「そんな俺を唯一生きながらえさせてるのが、嶺井、お前への思いだ……お前が生きていることが俺には信じられない、お前も壊れなくてはならない、それは使命感のようなものだ。もちろん、お前にとっては理不尽な話かもしれないが、俺にとってはこれだけが生きがいなんだ。」

 この男は完全に、歪んでいる……

「俺は手段を選ばなかった……まずは企画部の部長、奴はお前を『壊す』ための実験台さ。弱みを握り、従わせた。奴には人を殺させたんだ……街のホームレスはいなくなっても誰も気にしないからな、死体の解体なんかをさせてたら気が狂って自殺しちまった。」

 なんて手口を……

「次に富山だ、実はあいつは、最初からお前に捕まえさせるための餌だった。嶺井、お前あいつを始末したそうじゃないか?優しいお前のことだ、さぞかし良心の痛む選択だったことだろう。」

「あなた、人を何だと思ってるんですか……」

「別に何とも。」

 この男の残忍さ、狡猾さは嶺井の考えている以上だった。

「依藤は盗聴していて使えそうな男だと思ったから味方に引き込んだ。そしてこの二人のガキ……お前が特別気にかけていたようだったからな、お前の超能力を封じる人質だ。」

 嶺井は必死に考えた。ここまで道理の利かない相手なら、もはやこの『力』を使って強引に切り抜けるしかない。だがどうやって?椅子は柱に固定されており、どうあがいても手を動かせなかった。

 動かせたとして、関とチヨちゃんをどうやって助ける……?

 森元は話を続けている。

「さて、言いたいことは言った。これから計画の最後の段階に入る。依藤、スマホのフェイスタイムをオンにしろ。」

「あいよー。」

 依藤がスマホを操作し、テレビ通話に切り替わった。森元の顔が見える。

「喜べ嶺井、絶体絶命のお前にチャンスをやる……俺を殺せ。殺してみろ。」

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