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「パラソル&アンブレラ」①

第一話「傘をさす人、ささぬ人」 
 雨が頬に、ポツンと降ってきた。まるで、「こんにちわ、すいませんね、降ってきちゃって!」というような、気兼ねのある降り出し方だった。ポツン、ポツンと、遠慮がちに降ってきた雨に、古透子(ことこ)は傘を差し出すか、迷った。その日の夕方は、バイトの面接の帰りだった。空は、なんと真っ青だった。天気雨、というものは、なんだか気味の悪い心地がそれまではしていたが、今はなんだか自分の気持ちのようで、古透子はこの世との一体感のようなものを感じ入る。古透子にとって、そんなことはザラだった。同じことを感じるか他人に聞いてみたことはなかった。それが古透子と世界だけの尊い秘密だったのだ。そうだ、と古透子は、気分良く濡れて帰ることに決めた。
 アパートへ帰ると、妹の八未(やつみ)が、何やら自部屋から荷物を取り出しては、キャリーケースに詰め込んでいた。
「なにしてんの?」
「べっつに!」
八未は、睥睨したように姉を眺めたが、それがポーズであることに、古透子は気づいている。
「また、男?」
「いいでしょ!」
荷物をまとめ終わると、八未はスマホで何かを見始めたが、ここぞとばかりにシュッと1枚の写真を取り出した。
「コレ!」
古透子がスマホを覗くと、そこにはマッシュ頭で三白眼気味の少年が上目遣いで写っていた。
「、、、で?」
「いい男!でしょ!?」
八未はまた、わざとせせら笑うように、鼻をスンッと鳴らした。はあ、と古透子は肩を落とすと、諦めたように、冷蔵庫から冷たいお稲荷さんとリンゴを持って来た。それを八未に手渡し、
「車の中で食べな。本当は、私の夕飯にと思っていたんだけどね」
と笑った。
「、、、ありがと」
ジロリと横目で受け取った八未は、わたわたと荷物の中にそれらを入れて、旅立って行った。
するとアパートの真下に停まっていた車から、少年が出てきて、八未にカバッとコウモリ傘を差し出して、招き寄せた。相合い傘の二人は、車に乗るとなにやらゴソゴソしだしては、しばらくすると物凄い勢いで走り去っていった。
「、、、1週間、かな?」
古透子は、妹のランデヴーの期間を予想しながら、失くした夕飯の代わりを小さな台所でこつこつと作り始めた。

 古透子は大学生だったが、母を昨年亡くし、大学の資金不足で休学していた。八未は高校生だったが、母が亡くなる前に問題を起こし、中退していた。シングルマザー家庭で育ったので、姉妹で残されたアパートで暮らしていた。

 天気雨はもう止んで、空には微かに虹が架かっていた。これは、八未のもとになにか良いことが降りかかる印かも知れない、と窓から見える虹を覗いてはありもしないことを思い描いて、古透子はクスリと微笑んだ。想像癖、とでも言うのだろうか?古透子には、物事の良い方を想像しては願う癖があった。八未の数々の破れた続けた男性遍歴を無視しながらも、姉は妹の幸せを願い続けるのであった。





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