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「映画と私」初回 【mid90s 】アップリンク吉祥寺

今日は久しぶりにアップリンク吉祥寺に行った。当たり前にあるみたいに、アトラクションのような空間が広がってる場所。ポップコーンの香りが立ち込めていて、フライヤーの並ぶ長い廊下は、不思議な効果音に包まれてた。

ここには、過去の色んな私がいる。私の映画人生の半分くらいが散らばってる。




皆さんにとって映画館ってどんなところ?
高校生までの私にとっては、足を運ぶためにかなりのお金をかけなきゃ行けない場所だった。つまり気軽に行ける場所じゃなかった。そんなの考えられないって人も居るだろうし、自分もそうだったという人もいるだろう。私の育った町は例にもなく人口の少ない、田舎町だった。映画館はない、レコード屋もない、若者が集まって音楽を聴くようなクラブも勿論ない。「娯楽全然ないじゃん」
そう、私は生まれて育ったまちはそういう場所だった。私たちは「この街何にもないよね」って言うことが口癖だった。
だからこそ私にとって「映画を観る」という行為は、その全てが貴重で特別だった。

そんな私と映画について綴るエッセイ「映画と私」初回は私のミニシアターデビューの話。
舞台はアップリンク吉祥寺。



当時、私は高校生。サブスクで映画を観ることが日課だった。アマプラでスケートキッチンを観て、スケーターの自由さを知り、その当時話題になってた A24の「mid 90s」がどうしても観たくて家族に頼み込んだ。
その時はコロナ禍だった。電車で映画を観るために東京に行くことを学校の友人に話すことすらはばかられるような状況下。それがコロナ禍田舎のリアル。皆さんの中にも色濃く記憶されているはず。ニュースではとっくに聞き飽きてた、「不要不急」という言葉が繰り返されてる。そんな最中だった。唯一救いだったのは、その時感染者が減少し、落ち着いてた時期だったこと。
そんな状況に関わらず、わたしの家族は「そんなに観たいなら行きなよ。行った方がいいよ。」と、快諾してくれたのだった。とてつもなく嬉しかった。

家から一番近くにあって、mid90sが上映中の映画館がアップリンク吉祥寺だった。上映回数も少なくなっていた時期だった。滑り込み。
映画を観に行く日は、学校が早く終わったので、制服のまま駅に向かい電車に乗り込んだ。

車窓を流れていく木々と山々の風景を繰り返すうち、建物が多い景色へと変わっていった。
何度か電車を乗り換えて、吉祥寺駅で降りて、映画館のあるパルコまで歩いて向かう。人が沢山いて、賑やかで活気のあるいい街だなと思ったことは、今でも忘れてない。

少し道に迷い、ようやく入った館内。そこに広がる宇宙ステーションみたいな内装、床と壁の色彩、全てに圧巻された。大袈裟かもしれないけど田舎街で生まれた私の見たことの無い世界。私の世界に色が付いた瞬間だった。

上映開始時間。「高校生¥1,000」と書かれたチケットを手に、指定された座席に座る。こんなに当たり前の行為一つも、サブスクヘビーユーザーの私にとっては憧れだった。

本編が始まる。スクリーンに映し出される、「A24」の文字の形に並べられたスケートボード。ウィールが地面と擦れ滑走する音と斬新な映像とともに、音楽が流れ、形になっていく時間。スケーターが知ってる世界。

今思い返してみても、当時の衝撃は忘れられない。未だに本編のシーン一つ一つを鮮明に覚えている。
音楽もも強く印象に残っている。HIP HOP、ロック、ジャンルという枠組みを取り払った全ての音楽が90sという時代を物語ってた。(監督陣の綿密な選曲の効果も大きいだろう)
とにかく、上映開始から一瞬でスクリーンの中に叩き込まれたみたいだったのだ。殴られたと錯覚してしまうほどの衝撃。
その上、劇場で聴く音楽が全て本当に最高すぎて、気がついたら音に乗って体を揺らしながら観てた。(隣で観ていたスケーターもノリノリだった)

mid90sはアメリカで過ごす90年代を生きる、当時の自分と同世代のスケーターたちの話。
彼らの抱えている悩みはリアルで、どこか純粋で真っ直ぐで、映画の中で流れる日々に当時の私自身が投影されているような感覚に陥った。
登場人物として役をこなす彼らの持つ若さは、パワフルでセンシティブで、繊細で、朗らかで自由だった。
その感情は、高校生の時に映画館で「mid 90s」を観ることができたからこそ得られた感覚だった。
私はもう10代の私では無いから、今はじめてmid90sを観ても、この映画の持つ青さを感じ取ることはできないだろう。
あの頃の私はあの場所にしかいないからこそ、当時スクリーンで映画を観る事ができたことは、私の人生の中で未だ忘れられないことの一つになった。

監督のジョナヒルが思い描き、詰め込んだ90年代が、私の人生と、それまでの視点を大きく変えた。
そして、mid90sの中に10代の私がいた。mid90sは私のmid teenages そのものだったのだ。
誰もが通る「青春」という名前の日々の葛藤がここで形になっていた。

もしこの記事を、悩みを抱えている時期真っ只中を生きてる人が読んでくれていて、まだmid90sを観ていないのなら、今すぐに再生ボタンを押すことをおすすめしたい。
そこには、「青春」なんて言葉では一括りにできない日々と、葛藤と、憤り。言葉にしきれない感情の多くがあるから。きっとあなたと重なる部分があるから。あなたの持つ感覚で掴み取って欲しい。それが多くても、少なくてもあなたらしくてきっといい。

狭い世界で生きていた私は、世界の広さを、自由さを最高の劇場で体感する事ができたのだ。


映画という体験
映画館はそれぞれの人の無数の体験が詰まった、クリエイティブが交差する場所。映画を観られる環境が、当たり前じゃなかった私。
当時のハングリー精神の感覚は今もなお残っていて、映画館に足を運ぶ度、映画のオープニングを観る度、知っていく世界はこれからも私の特別な瞬間であり続ける。そして映画経験を重ねる度に、アップデートされ続ける。
その素晴らしさを知っているからこそ、たくさんの人の「あなたと映画」についても聞きたいのだ。映画がくれる言語化しきれない感動、感情のこと。私はこれからも絶えず知ることを求めていきたい。
「私と映画」の日々はこれからも続いていく。
「あなたと映画」の日々もまた同じように続いていく。
終わりのない映画の最中を生きる私たちを観たい。



 ー Directed by cocoro 「映画と私」初回 Fin


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