日常を日常と思わないように


今の生活、
去年の生活、
一昨年の生活、
もっと前の生活。。

出会う人、関わる人、居場所、
変化を感じていないようで、でもすごく変化している。


今の環境が良いのかそうでないのかわからないけれど
どちらにせよ
「ここが当たり前」とか
「これでいいのさ」とか

慢心や当たり前だと安住してしまわないように
そんな風に生きることに今は必死。


人によって違うのかもしれないけど
「普通」というものは一瞬で変わってしまうものだと思う。


私去年の9月に実家を出て
久しぶりに実家に顔を出したことがあった。
って言っても3ヶ月ぶりくらいだけど、

その時、実家の雰囲気とか
部屋の風景とか、冷蔵庫の中身とか
そういうものが、全部全部

「私は20年以上、こういう場所に住んでいたんだ・・・」

って回想するかのような遠さを感じた。

この時、多分自分はもうここに戻っても不思議な違和感を覚えるようになっているし、
同時に、そんな20年以上いた環境を遠くに感じていることに驚いた。

それと同時に、私には今の生活が「普通のもの」に変わっているんだと知った。


そんな感じで、「普通」とか「当たり前」って
簡単に変わっちゃうものなのかもしれない。

それは良い意味のこともあると思うし、
そうじゃないこともあるかもしれないけど、
簡単に変わってしまうものなんだってことを覚えておきたいと思った。


それくらい儚い。


今はこの日常を、なんとかして変えて行きたいという気持ちと、
「お願いこのままで」という変な希望がぐちゃぐちゃして

・・・・時々頭痛くなる。



変化に臆せずようになりたい。

変化に強い人でありたい。

でも変化してもちゃんと変化したことを感じていたい。
流れていくような日々にしないように。

今は春真っ盛り。
彼氏が半年の研究生期間を終えて大学院に入学したり、
海外の友達が日本に留学に来たり、
後輩が卒業の写真をアップしていたりと

いろんな変化を見たり、感じたりする季節。
(みなさんおめでとうございまーす!!)


私は大体そんな春には乗り遅れ勢で
大学入学式といえば
「え?なんでみんなもう知り合いなの?え???今どきって入学前から”今年から●大A学部♡”とかtwitterの自己紹介に入れて事前に繋がってるんですか???LINEグループがあるんですか?ええ?なんだってえ???」
と初日から追い付けていない感満載で、家に帰って凹んでた。

俗にいう入社式の日には、
「今日がみなさん入社式なんだ・・・・」とテレビニュースで知るくらいにはのんびりと昼までお布団の中にいたり。

春の景色は本当に素晴らしくて

でも「新しい日の出」とか「スタートライン」とか唄われると、


特に変えることないんですけど・・・・
じゃとりあえずショートカットにでもしましょうか???

って思えてきちゃいます。

春は素敵だけど、
そんな「変化を見せてください!スタートしましょう!」みたいな圧迫感があって
春は春で平常運転の自分は少々窮屈に感じたり。

でも周りの人の変化に対して
「私は遅れている・・・・」とまた凹むんじゃなくて

「私もそんな風なことしてみたいなあ!」
「自分もまだ潜伏期間と思って頑張ろう!」


とか、そんな風に思えたら
春の景色ももう少し楽しめそう。


昨日一昨日とか
ご飯たべれない程凹んでたけど
職場まで1時間歩いて向かうという
朝を早起きして、早めに出て、音楽聴きながらリラックスしたら
少し精神的に落ち着きました。


落ち込みすぎた日は12kmとか歩いたこともあったけど
これは歩きすぎて、疲れただけでした。

何事も中庸に。。






あ、note開いたら

公式マガジンに入れてもらえたらしい通知が…!
プライベートなこと書きすぎててエッセイ系と名乗って大丈夫なのかなって感じだけど、公式で取り上げてもらうの憧れてたので喜んだ!

#日記 #エッセイ #思うこと #春 #人生








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kinako。

自分を知るために始めた日記帳。人生のこと、考えていること、人間関係のこと、ごはん。見習いweb&graphic designer/社会人2年目/旅行と旅/中華圏で仕事をしたい
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