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「答えのない」時代

 ここ数年、教員研修などで、
「これからは『答えのない時代』です」
 という言葉を聞くことが多い。

 令和3年(2021年)1月に公表された中央教育審議会の答申の中でも、次のように述べられている。

「予測困難な時代」であり、新型コロナウイルス感染症により一層先行き不透明となる中、私たち一人一人、そして社会全体が、答えのない問いにどう立ち向かうのかが問われている。

 しかし、今でも「答えのある」問いは身近にたくさんあるはずだ。

 その一方で、
「昔は『答えのない』問いなどなかったのか?」
 といえば、けっしてそんなこともないだろう。

 たとえば、文学作品を見てみよう。

"To be, or not to be, that is the question."
【訳】
「このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ」

ウィリアム・シェイクスピア
『ハムレット』小田島雄志訳

智に働けば角が立つ
情に棹させば流される
意地を通せば窮屈だ
とかくに、人の世は住みにくい

夏目漱石
『草枕』

 英国を代表する劇作家が描いたハムレットも、明治の大文豪による『草枕』の主人公も、答えを求めて苦悩しているのである。

 続いて20世紀の歌に目を向けてみよう。

How many roads must a man walk down
Before you call him a man?
How many seas must a white dove sail
Before she sleeps in the sand?
Yes, 'n' how many times must the cannon balls fly
Before they're forever banned?
The answer, my friend, is blowin' in the wind
The answer is blowin' in the wind
【訳】
どれだけ道を歩けば
一人前の男として認められるんだろう
どれだけ海を渡れば
白い鳩は砂浜で休むことができるんだろう
そして、どれだけ大砲の弾が飛び交えば
砲撃は永遠に止むのだろう
友よ、答えは風に吹かれてる
答えは風に吹かれている

ボブ・ディラン
『風に吹かれて』訳者不詳

別れた人に会った 別れた渋谷で会った
別れた時と同じ 雨の夜だった
傘もささずに原宿 思い出語って赤坂
恋人同士にかえって グラスかたむけた
やっぱり忘れられない 変わらぬ優しい言葉で
私を包んでしまう だめよ弱いから
別れても(別れても)好きな人(好きな人)
別れても(別れても)好きな人(好きな人)

ロス・インディオス&シルヴィア
『別れても好きな人』佐々木勉作詞

 やはり、答えが見出せない問いに直面したり、一度出した答えが正しかったのかどうかで迷ったりしているのである。

 結局、昔も今も「答えのある」問いもあれば、「答えのない」問いもあるのだ。

 さらに言えば、「答え」だと思っていたことが実はそうではなかったということも、昔から変わらずにあるだろう。


 ほんの100年ほど前までの日本では、
「主人の命令に従う」
「親の跡を継ぐ」
「親が決めた相手と結婚する」
 ということが当たり前だった。

 つまり、「答え」は主人や親が用意していたのだ。
 もしもその意に背いて自らの「答え」を探そうとすれば、命懸けの覚悟が必要になることもあっただろう。

 それに比べれば、現代のほうがずっと真面だと思える。

 戦争、環境汚染、貧困、差別・・・。たしかに、「答え」は簡単には見つかりそうもない。

 けれども、
「答えのない問いにどう立ち向かうのか」
 などと肩肘を張らずに、
「答えなんて、昔も今も簡単には見つからないものなんだよ」
 と開き直ったほうが、案外うまく最適解や納得解が見つかるような気がするのだ。

 いつだって答えは風に吹かれているし、別れても好きな人はいるのだから。

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