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ハンディキャップというか癒えない傷みたいなものも、それはそれで自分なのだった

10月中旬に書いて公開してたけど、下書きに戻していたもの。長いけど、そのまま残しておくことにする。今は11月。


この1週間は実にハードだった。自分の良くないところは、極限に達する直前まで全くしんどそうに見えないらしいし、仕事もこなしているように見えてしまうことだと思う。社会人としてはもちろんだが、幼少期からも明るい優等生!!!として、いろいろな状況を生き延びてきたがために、がんばれてしまうのだが、しかし急にポキっと、、、いやバキッと壊れる。よくない、これはほんとうに厄介。壊れる瞬間に立ち会う人がいる場合、その人にも(主に夫)大変申し訳ない。

睡眠時間確保のためには、結局日中休む間もないほど動き続ける、みたいな、なんだか本末転倒な毎日を過ごしていたのだが、それが9月上旬からさらにハードになっていた。で、ちょっと前、突然どうでもいいことがきっかけで自分の内側で「バキバキッッッ」と鳴った(メンタル崩壊の音)のがわかって、ちょっと、いやかなりうろたえた。。。しかし、さらによくないことに、そのバキッと折れた状態もほぼ隠しとおすという禁じ手で1週間過ごしてしまった。隠し通せたってことは大して壊れてないんじゃないかと言い聞かせてみるけど、けっこうダメージを食らってるというのは間違いないと思う。
一番びっくりしたのは「大事な家族に心配させないためにも、ぼちぼちいこう」という発想が全く効かなかったことだった。むしろ自分が不安定だと迷惑でしかないよねみたいな、「そっちに行っちゃだめー」の方に向かうしかないほどの疲れを感じているらしい(←「らしい」とか言ってて、まだ自分の状況がよくわかってない)ことだった。
(↑補足。まあまあ深刻な発想にどっぷり浸かったということ)
そういう、よろしくないお疲れな自分のことをちらっと親しい人にはほのめかしたけど、あんまり伝わらなかった。「あー最近忙しそうだったねーーー(・∀・)。お疲れ様ーー」で終わっちゃう…どれだけ元気そうに見える人間なのだ、私は。

家族のためにも、家事やらなんやらいい加減でいいので、元気でいようという発想より 自分の調子の悪さにしかフォーカスできない、というのは 苦しい。
とりあえず週の真ん中で スタバからの雑貨屋、書店という、フルタイムワーカー兼主婦兼母としてはなかなかあり得ない(通常は実現不可能な)寄り道大作戦を敢行して この1週間を乗り越えた。折れた骨にごついギプスつけて歩き続ける感じ。来週はどうするんだ、自分よ。松葉杖もいるんじゃないのか。

こういうとき、自分の心を立て直すのに必須なのは、きちんと寝ること。そのために決まった生活パターンを大事にすること。超えちゃいけないタイムラインを守って残業を打ち切ること。ここまでが最低条件。私は機械でなく、睡眠が必要な生き物だ。機械だってメンテナンスするのに、人間が休みなく働くって、どうかしてる。

メンタルが決して丈夫じゃないであろう、サバイバーの人たちと、こういうときあっけらかんと話ができたらいいのになあと思う。あっけらかんとね。お互い追い込むんじゃなく、笑い飛ばせるような感じで堂々と自分をケアできる雰囲気を作っていけたらなあと思うのだった。
私と同じように、追い込まれがちな人がいたら、お互い、寝たりぼーっとしたり、をおろそかにしない日々を送って なんとか持ちこたえていきましょう…


↑ここまでが10月の中旬。
ここから先は11月に追記。
この頃は、なんか突然しんどくなって、そのことがすごくショックだった。以前に比べて結構元気で回復したと思っていたのに、何もかも本当に根こそぎ自分のことをリセットしたくなったからだ。
自分がかつて受けた大きな衝撃を、なかったことにできたらいいのに、とずっと思ってきたが、そうは思わないほうがいいのかもしれない、と10月のこの時期を経て思った。怪我をして、ちょっと指の動きにぎこちなさが残ったけど、それをカバーしながらやっていこうねっていう感じでいくしかないというか。

そう、私は家で心身の深刻なダメージを受けたことがなくて、よいパフォーマンスを発揮できる人たちとして生きたくて葛藤していたのだった。でも、どうやらそうもいかないらしい。急にガクッとダメになってしまいそうな時が訪れるのだ。

最近、初めて気持ちの安定というものを実感した時「こんな安定を小さい頃から長い間感じて生きてきた人は、そりゃ勉強や運動にもエネルギーを存分に注げて、さらに成長できるはずだ。」と知った。ちょっと失敗しても、すべてダメになったとは思わないし、執拗に責め立てられないから、気持ちを切り替えて次に進める。目の前のことに集中できる。いいなあ、衣食住や心身が壊される恐れがないって、それ自体がとんでもない強みなんだなあと思った。
仕事で出会った、はつらつと輝いてる10代の子はやはり大人たちの愛とか全面的な肯定で、とっても安定しているから、さらに成長もするのだった。一方で、そうじゃない人ももちろんいる。そうじゃないながらもみんながんばっている。けど、守られているって感じている人の強さには、やっぱりかなわないというか、自由に使えるエネルギーの量が全く違う。

ま、でも、今さら自分のこれまでの経験をなかったことにはできないので、その中でいろいろ工夫をしながらやっていこうと思う。

10月中旬にも書いてるけど、誰かを責めるモードとかじゃなく、こういう葛藤とか、あるいは乗り越える知恵みたいなのを笑って話せる場所があれば、心強いのになあと最近思う。

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