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オコメノカミサマ(小説)

大学時代からの習慣で、朝飯や夜ご飯くらいは食べなくとも生きていける体になっていたはずだった。しかし、お盆で実家に帰っていた期間に、なにもせずとも自動的に食事がでてくる生活に慣れきってしまったらしい。土曜日だというのに、朝早くに目が覚め、何かを食べたいという気になった。

冷蔵庫にあるのは、ヨーグルトとチューハイ。そして、昨日食べた牛丼のセットの卵だ。生卵が苦手な私の冷蔵庫には、ケース付きの卵がいくつか入っている。

今日はこれで目玉焼きでもしよう。ご飯は、たしか仕送りのダンボールの中にレトルトのやつがあったはずだ。


フライパンの上に卵を落とし、水を入れると、ジュウと健康的な音がする。高校生のときは、こんなひとり暮らしを思い描いていたものだが、いざなってみれば、そんな日々はまるで朝ドラだ。


レトルトご飯を電子レンジで温める。これが二分かかる。その間に目玉焼きの様子を見に行くが、まだ半熟だ。
全体に火が通ったので、ここでフタをとる。そうして蒸し焼きになった目玉焼きの水分を飛ばす。私と同じく生卵が苦手な母からの教えである。
 
醤油はないので、塩を軽く振った。ウインナーも味噌汁もない朝食を朝ドラというには質素だが、自炊を一切しない自分にとっては十分豪華な朝食だ。

レンジからご飯を取り出し、テーブルの上に並べた。なんだか自分が綺麗な人間になった気分だ。

手を合わせ、いただきますをし、目玉焼きの黄身を箸でニつに割った。
その瞬間、ふっと部屋の空気が温かくなった。





「米粒残すと、目潰れるよ。」





声のする方を見ると、民族衣装のような白い服を着た女性が座ってこちらを見ていた。

驚いてなにもできずにいると、女性は目玉焼きとご飯を交互に見ながらもう一度繰り返した。


「米粒残すと、目、潰れるよ。」


「え、目?いや。あなただれですか!」


体を仰け反り思わず距離を取る。女性は、長いまつげを動かしながら、机に肘をついてこう答えた。

「わたし?わたしはね、お米の神様だよ。」

「お米の神様…?お米って、これ?」


それ以外になにがあるのさ、といいながら、長い髪を耳にかけ、パックに入ったご飯を怪訝そうに見つめた。
この世のものではないのか、とまじまじ観察してみれば、顔のパーツのひとつひとつがよく整っている。神様って本当にいるものなのか。

「ねえ、神様。あなた、どれの神様?」

「どれってどういうこと?」

「だから、この中の。お米って米粒ひとつに三人神様がいるもんじゃないの?」



神様は飽きれた顔をした。
「んなわけないでしょ。八十八人いる、とか言う人間もいるけど、こんなちっこいものひとつひとつに神様がいたら大変だよ。」


たしかになぁと思いつつ、えぇ?おばあちゃんが言ってたけどなぁ。とちょけてみると、おばあちゃんが言うことはだいたい適当なんだよ。と少し笑いながら返事を返してきた。

「あ、でも『目が潰れる』はおばあちゃんも言ってた気がする!ねえ、なんで目が潰れるの?」


「あー、それはね。わたしがやることじゃあないんだけど。一応、お米の神様はわたしをあわせて四人いて、わたしじゃないもうひとりが、食べ物を粗末にする人を闇の世界に連れてくっていうのをしてるんだよね。だから目が見えないってことで、目が潰れる。」

そんな都市伝説みたいなことが実際に存在したのか。なんのためにそんなことがされているのかは分からないが、神様も結構えぐいことをするものだ。


「じゃあ、他のお米の神様はどんなことしてるの?」

「一人は、お米自体を産み出した神様。なんか、自分の目の中から稲出したらしいよ笑」


少々馬鹿にしたような物言いだが、その神様は恐らく一番偉いんじゃないだろうか。
人間相手にこれだけ砕けた会話をしてくる神様らしからず神様に、つい状況の異様さを忘れてしまいそうになる。


「なにそれやば笑 もう一人は?」


「んー、なんか。不作にしたり、豊作にしてみたり?経済の回り方とか、世界全体をうまーくバランスよくしてる神様かな。
まあこれはもっと上の神様がする仕事なんだけどね、どの業界にもこの仕事をする神様が必要なの。そんなに毎日する仕事とかじゃないんだけど、結構大変らしいんだよねぇ。」

「へぇ、それはちょっと神様っぽいね。」


話を聞くと、神様はちゃんと人間のために存在しているものらしい。
人間が想像の中で神々を創り出したものだと思っていたが、そうなると鶏と卵みたいに、人間が先か神様が先かという点が気になってくる。


「あ、てか、あんたはなにするの?」

「あー、いや。私はまあその、監視、的な?総合的な?そう、総監督!総監督やってる!」

「なにそれ?笑」





「あ、やべそろそろ」































「あちゃー、間に合わなかったか。」

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