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労働判例を読む#521

※ 司法試験考査委員(労働法)

【ツキネコほか事件】(東京地判R3.10.27労判1291.83)

 この事案は、創業者の息子で、役員だったXが、吸収された後の会社Yで役員を退任し、従業員として勤務していたところ、抑うつ状態となって休職することとなった事案です。Xは、休職前の業務(原職)への復職を希望しましたが、工場に配属されました。Xが復職初日から出社しなくなったため、Yは出社を促す通知を何度か送付し、減給処分も行ったにもかかわらず、結局4か月以上無断欠勤が続いたため、Xを解雇しました。
 Xは、休職期間中の面談の際に退職勧奨されたこと、リハビリ期間中無給だったこと、休職前の業務に復職させなかったこと、復職後無給だったこと、解雇されたこと、等がいずれも違法であると主張しましたが、裁判所は全て否定しました。

1.退職勧奨
 裁判所は、退職勧奨は原則として適法であり、例外的な場合に不法行為となり得る(労働者の自由な意思形成を阻害した場合、名誉感情を侵害した場合)というルールを示しました。
 そのうえで、退職勧奨を行った頻度は多かったものの、X自身が退職勧奨を拒否せず、むしろもう少し時間が欲しいと回答するなどしており、Yの側も、復職に応じない・辞めさせるなどと明言していない、という事実を認定し、労働者の自由な意思形成を阻害していないとしました。
 また、名誉感情の侵害も、「社会通念上許される限度を超える侮辱行為」でなければならないところ、Xとの面談やリハビリを通じて、Xに適性のある職種はないと判断し、その結果を伝えた、という事実を認定し、名誉感情を侵害していないとしました。
 退職勧奨はそれ自体が違法である、という誤解を見かけることもありますが、退職勧奨がどのような場合に違法になるのか、参考になる判断です。

2.リハビリが無給であること
 Yの指揮命令下でリハビリをしていたのだから、労務の提供があった、と思うかもしれません。
 しかし裁判所は、健保から傷病手当金が支給されていたが、これは「労務に復することができないとき」に支給されるのだから、リハビリ作業は債務の本旨に従った労務の提供ではない、リハビリ期間中は無給であることをXも合意していた、という理由で、無給としたことを適法としました。
 他方、休職中の「テスト出局」中に、放送用の原稿を作成させられていた事案で、「NHK(名古屋放送局)事件」(名古屋高判H29.3.28労判1189.51、労働判例読本117頁)では最低賃金の支払いが命じられました。放送用の原稿作成が「労働」に該当する、ということのようです。
 本事案とNHK事件の違いは何か、休職期間中に作業をさせて復職可能性を高めたり見極めたりすることが、無給となる場合と有給となる場合があるということなのか、その場合、何が基準となるのか、などについて、今後議論が深まっていくでしょう。

3.原職に戻さなかったこと
 Xは、肉体的に負担のかかる工場での勤務は、安全配慮義務に違反し、違法である(背中や腰に痛みがあるから)、と主張しました。さらに、休職前の原職に戻すのがルールである、という考えが背景にあったのかもしれません。
 これに対して裁判所は、リハビリ作業中に実際に腰を痛めた後に、力仕事以外の業務もある、我慢が十分できる程度の痛みである、などとX自身が発言し、他方、リハビリできないと訴えたことが無いこと、痛みはリハビリ勤務以前からあったと述べていたこと、他方Yの側も、面談の際に重量物を扱うなどの業務については配慮したい、などと繰り返し伝えていること、などを認定し、違法ではないとしました。
 復職させない場合に、原職以外の業務に戻せるかどうか、が問題になる事案を多く見かけますが、その際の判断の参考にもなるように思われます。

4.無断欠勤中に無給だったこと
 裁判所は、労務の提供が無かった、という理由だけで、無給であったことを適法と評価しました。労働契約の基本的な構造が示されています。
 Xとしては、上記3と関連した主張、すなわち、YがXを原職に戻さなかったのだから、Xによる労務の提供を拒んだのはYであり、賃金請求権も消滅しない(民法536条2項)という主張を考えていたのかもしれませんが、工場での勤務を命じることが適法と評価されている以上、労務の提供を拒んだのはYではなくX、ということになるのでしょう。
 上記3との関連性についても説明してくれれば、分かりやすかったと思われます。

5.解雇
 裁判所は、Yが何度も出社を促したこと、無断欠勤が4か月以上に及ぶこと、途中、減給等の処分も行ったこと、他方、Xからは工場への復職が違法、という説明以外に欠勤の説明が無いこと、を認定し、適法と判断しました。ここでは、Xの主張が上記3の違法性を前提にしていることが明示されています。
 無断欠勤している従業員を解雇する場合、その期間や対応、プロセスなどが参考になりますが、復職の際のトラブル(原職に戻されなかったことに対するXの不満)が背景にありますから、単純に、4か月以上無断欠勤すれば解雇、と片付けてしまうことは難しいかもしれません。復職の際、リハビリや度重なる面談を通して慎重に、復職の可否や戻すべき職場を検討しており、その分、慎重な検討プロセスが先行しているからです。

6.実務上のポイント
 休職していた従業員が復職する際に起こりうるトラブルや、それに伴う法律上の問題点が、比較的幅広く議論されており、休職や復職の対応の際、参考になります。
 また労務管理の観点から見た場合、Xは、創業者の息子として原職にこだわりが強かった(世界のホビー業界で高く評価されていた製品の企画を、役員として担当していたようです)ようですが、ホビーに関する業務から撤退したのでしょうか。創業者が退社しても、従業員として残っていたXを企画担当から外すことに、Xが抵抗したことと、休職・復職問題や退職勧奨問題が重なったため、話がこじれたようです。
 Yとしては、Xと合意のうえ、Xが役員を辞める際に退職金として4000万円を支払った(支払ったこと自体は争いがありませんが、その支払いが遅れたかどうか、という点が、本事案でも争われています)ことで、円満に解決することを期待していたようですが、結果的にトラブルに発展してしまいました。
 円満に解決するために労務管理の観点からどのように対応すべきだったのか、もしかしたら正解は無いかもしれませんが、考えさせられる事案です。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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