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経営組織論と『経営の技法』#94

CHAPTER 4.3.2:マトリクス組織と一部事業制組織(①マトリクス組織)
 ここまで基本的な2つの組織形態を紹介してきましたが、どちらもそれぞれのメリットとデメリットがあります。そこで2つの組織形態を組み合わせたような中間的な組織形態をとることで、両方のメリットを活かそうという組織形態もあります。ここでは2つの組織形態について紹介していきます。
 職能別組織と事業部制組織は、それぞれ職能と製品や地域などの事業単位を軸として部門化がされている組織です。マトリクス組織は、この2つの軸の両方を持つ組織といえます。
(図4-4)マトリクス組織

図4-4

 図4-4で示すように、マトリクス組織では、経営責任者の下に職能別の長と事業部の長がそれぞれ置かれ、その下にクロスする形で各部署が置かれます。ですから、たとえばトラックの販売を行っている部署は、 トラック事業部の管理下でもあると同時に、販売部の管理下でもあります。これにより、トラック市場の変化にも迅速に対応できると同時に、他の製品を扱う販売部署との間で効率化が図れるようになります。
 しかし、これは組織設計の基本原則である、命令の一元化に反する組織形態になります。つまり、2人の上位者から命令が伝達され、場合によっては双方の命令の間に対立が生まれてしまうことがあります。実際の組織運営においては、このような対立は、より上位者が判断し、意思決定を行うことで解消されるか、命令を行ったマネジャー同士が話し合うことで業務上の要求を調整することになります。
 しかしながら、事業部、職能部門のどちらかの命令が採用されることが続くようであれば、そもそもマトリクス組織にする意味が半減することになるため、上位者はバランスをとりながら、事業部と職能部門の意見を採用していく必要がありますし、それぞれのマネジャーも自分の主張を通すだけでなく、全体的な視点で判断していく必要があります。
【出展:『初めての経営学 経営組織論』88~90頁(鈴木竜太/東洋経済新報社2018.2.1)】

 この「経営組織論」を参考に、『経営の技法』(野村修也・久保利英明・芦原一郎/中央経済社 2019.2.1)の観点から、経営組織論を考えてみましょう。

2つの会社組織論の図

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 日本の会社は、マトリクス制組織が苦手と言われます。
 たしかに、欧米ではボスと部下の関係が明確で、レポートラインの方が組織よりも重要です。人の下で働く立場として、会社組織ではなくボスが、自分の制裁与奪権を持っているからです。このような状況や当事者の意識があるところで、ボスが2人いると、本文で鈴木教授が指摘するような弊害は一層顕著になるはずです。矛盾する命令が下された場合、部下は、それこそ板挟みになってしまうからです。
 けれども、特に日本に進出している外資系企業のスタッフ部門については、マトリクス制組織が多く採用されています。その場合、部下の側から見てラインが2本ある、という意味でデュアルラインと言われることもあります。
 これは、ここまで何度か紹介した、リスク管理に関わりの深いスタッフ部門(内部管理部、コンプライアンス部、リスク管理統括部、法務部)について見ると、いずれもグループ全体を把握し、統一的に活動することが求められること(①本社とのライン)、他方、実際に現場に存在するリスクを管理するために、現場に近いところでの活動が不可欠であること(②現地法人内でのライン)が理由となります。
 問題は、矛盾する命令への対応です。その方法として、特に3つ指摘しておきましょう。
 1つ目は、技術的な対応として、2つのレポートラインについて、リアルライン(実線)とドットライン(点線)を明確にする方法です。
 これは、たとえば法務の場合、リアルラインをグループ全体のジェネラルカウンセル、ドットラインを現地CEO(社長)、と設定する方法です。これにより、両者の命令が矛盾した場合にどちらを優先するのか、を明確にします。もちろん、このように矛盾する場合は実際には生じませんが、そのような場合を予め明確にしておくことで、矛盾する命令を防止できるのです。
 2つ目は、これらスタッフ部門の役割の定義です。
 これは、たとえば法務の場合、世界各国の法務部が1つの法律事務所を構成していると考えます。すると、本社グローバルのジェネラルカウンセルは、各国のジェネラルカウンセルにとって、法律事務所内での上司となります(リアルライン)。他方、各国のCEOは、法律事務所の各国のお客様になります(ドットライン)。本社グローバルのジェネラルカウンセルからの命令(リアルライン)が、各国のCEOからの命令(ドットライン)よりも優先するのは、法律事務所としてみて、たとえ顧客からの強い希望があっても、それを受けるかどうかは法律事務所として判断して決めることから説明できます。
 このようにして、法務業務のグローバルでの一体性と、各国の独自性の両立を説明するのです。
 3つ目は、上司同士の連携です。
 これは、本社グローバルのジェネラルカウンセルが、各国のCEOと定期的に情報交換を行うことで、各国の法務に対する期待のイメージを合わせ、矛盾した指示が出ないように、その根本から原因を解消するのです。たとえば、現地CEOが、大きなプロジェクトについて法務のサポートが十分でないと不満を持っている場合、この不満を本社グローバルのジェネラルカウンセルが現地CEOから聞けば、今度は現地法務の話を聞き、中立的な立場から適切な判断を下しやすくなります。
 つまり、デュアルライン(マトリクス組織)を前提にすると、本社グローバルのジェネラルカウンセルが、現地CEOと現地法務の間のトラブルを未然に防ぐため、仲裁役を果たす機会が増えるのです。
 たしかに、ライン部門の場合にデュアルライン(マトリクス組織)にすることは、指揮命令系統に混乱を招く可能性が高くなります。チームの一体性が重要だからです。
 しかし、スタッフ部門の場合には、ラインの指示で動く面よりもさまざまな現場の要望に合わせる面が強く、デュアルライン(マトリクス組織)を受け入れやすい面があると考えられます。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 投資家である株主から経営者を見た場合、特に多くの国に事業を展開したり、さまざまな種類の事業を展開したりしている場合には、多様性と一体性の両立が課題となります。
 もちろん、多くの場合、デュアルライン(マトリクス組織)を採用するかどうかは、経営者の裁量であり、会社組織がこれに対応できるかどうかも大事な問題です。
 けれども、事業領域が広がると、経営者が全て自分でフォローできる領域を超えてきます。それぞれの領域で、さまざまな専門家の能力を活用する必要がありますが、その能力を生かしつつ、各現場の独自性にも対応し、多様性も生かせる工夫として、経営者にはデュアルラインを使いこなすことも、期待される場合があるでしょう。

3.おわりに
 ここまで市場での競争がグローバル化すると、理解しにくいかもしれませんが、古くから日本に進出し、成功している海外の企業は、とても上手に日本での現地化に成功しています。特に、日本人社長に経営を任せながら、経営の要所は本国もしっかりとグリップするために、デュアルライン(マトリクス組織)が有効に機能したように思われます。

※ 鈴木竜太教授の名著、「初めての経営学 経営組織論」(東洋経済)が、『経営の技法』『法務の技法』にも該当することを確認しながら、リスクマネージメントの体系的な理解を目指します。
 冒頭の引用は、①『経営組織論』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に、鈴木竜太教授にご了解いただきました。


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