経営の技法 #8
1-8 コンプライアンス②(原因と対策)
法令遵守と訳されることが多いが、これは不適切な訳語であり、表面的な対応で問題を隠し、仕事へのこだわりを消失させる状況を作り出している。「社会適合」など、経営の本質にかかわる用語が用いられるべきである。
1.概要
前問(1-8)では、コンプライアンス違反事例を数多く紹介しましたが、ここでは、その原因を分析します。
まず、「法令遵守」という訳語の誤りを確認します。
すなわち、法律は問題が起こってから作られるので、常に時代遅れであること、神戸製鋼の副社長のコメントのように「法律に違反していないからコンプライアンス上問題ない」という開き直りに使われること、が指摘されます。
次に、コンプライアンスのあるべき訳語を検討します。
すなわち、コンプライアンスには、積極的に社会にアピールするというIRやCSRのような意味が含まれるべきこと、そこから社会と会社のギャップを埋める活動が起きると期待されること、が指摘されます。
そのうえで、コンプライアンスの具体的内容は与えられるのではなく自分で考えるべきこと、コンプライアンス違反は「絶対ない」と言い切るから隠蔽が始まる、というマイナス面も理解すべきこと、が指摘されます。
2.動的な考察
コンプライアンスが日本産業の劣化をもたらしたプロセスを考えてみましょう。
コンプライアンス導入以前の状況です。
かつては、世の中に約束したこと、お天道様も見ている、などの言い方で、見えない部分の品質にもこだわる風潮がありました。職人気質は、日本固有のものではなく、イタリアの革職人や楽器職人など、伝統工業として長い歴史を有する産業では、同様の傾向が見受けられます。日本の場合、その職人気質を現代の製造業(特に中小企業)が取り入れた点に、特徴があると思われます。
ここに、コンプライアンスが導入されました。
法令順守、と訳されたので、法務の問題とされ、業務品質の問題から切り離されてしまいました。職人気質の現場では、業務品質と法令遵守の2つの仕事を抱えることになりました。そのうち、技術革新に追いつかなければならない、バブル崩壊後の長引く不景気で人件費などが減らされる、人口減で後継者が育たない、などの問題が生じました。業務品質と法令遵守の両方を満たすことができなくなってきたのです。
そこで、全ての会社ではないものの、多くの会社が生き残りのために、業務品質よりも法令遵守の方を選択したのです。
それは、まずは社内から起こりました。
すなわち、納期と品質を迫られる現場が、その両方を満たせないときの最後の言い訳として、法令だけは遵守しているから勘弁してくれ、というものでした。
ここで、会社自身が、品質に関する約束の修正を顧客に求めれば問題ありませんでした。
けれども、顧客との約束を軽く見ている(社会のルールさえ守っておけば、後は取引先のわがままだから守らなくても良い、など)のか、バレなければ良いと思っているのか、そのことを明確に表明しないまま業務品質を少しずつ落としてきたのです。
3.おわりに
もちろん、コンプライアンスを口実に業務品質を落としてきた展開には、いろいろな場合があるでしょう。
しかし、このような具体的なプロセスをイメージすることにより、競争力や免疫力を落としてしまった原因を分析することができます。
原因分析や再発防止策(拙著『法務の技法 第2版』3-4)を考える際、実際にどのようなストーリーが考えられるのか(同1-17)、どのようなプロセスだったのか(同1-8)、を具体的に検討することも役に立ちます。活用してください。
※ 『経営の技法』に関し、書籍に書かれていないことを中心に、お話していきます。
経営の技法:久保利英明・野村修也・芦原一郎/中央経済社/2019年1月
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