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経営組織論と『経営の技法』#59

CHAPTER 2.3.3:事前と事後の調整の考え方
 最後に、事前と事後の調整についてどのようにバランスを取るかについて考えていきます。もし事前の調整が完璧にできるのであれば、事後の調整を考える必要はありません。反対にどのような想定外のことが起こっても、事後の調整で十分に効率良く対処できるのであれば、事前の調整の必要性はないかもしれません。
 このことを考えるうえで重要になるのは、自分たちの組織活動の予測可能性です。自分たちの組織活動において起こりうる出来事が十分に予測できるのであれば、それに対処する方法を事前に用意しておけば、組織活動において問題が起こる可能性は低くなります。一方で、予測することが難しい場合や予測できるかもしれないが予測するのにコストがかかるような場合には、事後の調整により注意を払って組織を作る必要があるかもしれません。
 たとえばファストフード店では、商品を均一化し、マニュアルを徹底することで事前の調整にかなり力を入れています。その理由の1つは、多くの店舗においてアルバイトなどの想定外のことに対処しづらい人材を配置していることです。賃金が安いアルバイトを有効に活用することで、ファストフード店はコストを削減していますが、その分想定外のことにうまく対応できる能力を持っていません。また、調整する人を配置することもコストがかかります。
 たとえば、入荷した不均質な材料に合わせて味を調整しながら、いつもと同じ味にすることはアルバイトの店員には難しい要求です。そこで食材や調味料なども本社で同じ品質のものをすべて手配すると同時に、調理の仕方をマニュアル化しているわけです。それによって管理の幅を減らし、多くのアルバイトに現場を任せることができるようになっているのです。
 一方、高級レストランでは、日々入荷してくる食材に合わせて料理人を束ねる料理長の方針の下、料理が作られます。そこでは長年料理の修業をした料理人が料理を行い、味付けや盛り付けなどの調整が必要な重要な部分では調整役である料理長が確認をして、お客さんに出す料理が完成します。肉1つとっても均一ではありませんし、料理の注文も決まった順番で入るわけではありません。料理人は臨機応変に周囲と確認をしながら進めていかなければなりませんし、料理長は調整役として全体の料理がどのように進んでいるのかを把握しながら最善の状態の料理を作っていかなければなりません。
 このような場合には、想定外のことへの対処を事前に決めるのではなく、誰が誰に相談するのか、どういうグループで処理していくのか、ということを決めて臨機応変に確認しあいながら仕事を進めていくほうが適切です。なぜなら事前に決めておいても、注文の入り具合やその日の食材の状態によって調理の手順や細かな部分を随時変更していかないと、目的を達成できないからです。
 また、この章では事前の調整として標準化を、事後の調整として階層を代表的なものとして紹介しました。これ以外にも想定外のことを専門に引き受ける部署を作ることなど、組織を作るうえでそれぞれの調整手段はありますが、ここでは、組織作りの基本設計として2つの調整を理解してください。
【出展:『初めての経営学 経営組織論』46~48頁(鈴木竜太/東洋経済新報社2018.2.1)】

 この「経営組織論」を参考に、『経営の技法』(野村・久保利・芦原/中央経済社 2019.2.1)の観点から、経営組織論を考えてみましょう。

2つの会社組織論の図

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 ここで、本書での「事前の調整」「事後の調整」の意味が、より具体的に明確になります。
 すなわち、現場に任せられないものは、マニュアルなどの標準化。柔軟性を犠牲にしても、画一化のメリットが上回れば、「事前の調整」が重視されることになります。
 これを、リスク管理の観点から見ると、権限(料理を作る権限)を現場に移譲する際、マニュアルで縛って移譲する(限定的な権限だけ委譲する)のか、縛らずに移譲する(料理長チェックだけが条件)のか、という違い、という見方もできます。つまり、共通するのは、客に出す料理の品質を一定にしたいという目的で、その手段が異なるという整理です。
 このような切り口に置き換えると、「事前の調整」「事後の調整」は、与える権限の大きさ(逆に言うと、縛る条件の強さの程度)の問題であり、質的に異なる問題というよりも、程度の問題、とみることが可能になります。つまり、同じマニュアルでも、スキルが向上してきた上級者になると、裁量で判断してもらう部分を増やすことがあるでしょうし(料理長チェックに近くなっていくでしょう)、逆に、同じ料理長チェックでも、料理人が未熟な場合には、調理プロセスの事前の指示がそれだけ詳細になっていくでしょう(マニュアルと近くなっていくでしょう)。
 つまり、権限を与える際にコントロールするツールの側から見た場合、事前(マニュアル)か、事後(階層)か、というタイプが全く異なる問題になりますが、コントロールする必要性の側から見た場合、上記のとおり両者の違いは程度の違い、すなわち質的な違いではなく量的な違いとなるのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 投資家と経営者の関係から、さらにこの2つの違いを考えます。
 つまり、経営者が取るべき経営モデルとしてみた場合、ある種のベンチャーやワンマン会社に多いような、従業員は経営者の言うことを迷わずに直ちに実行するのが大切、自分で余計なことを考えるべきではない、という経営モデルは、組織の一体性や一丸となって戦う突破力が重視されます。そこでは、現場に余計な権限を与えませんので、マニュアル型の方が、親和性が高いでしょう。
 他方、松下幸之助を代表とするような、従業員にどんどん権限を与えていく経営モデルの場合には、従業員の自主性や多様性を重視しますので、一体性などよりも組織の幅や深さが重要です。経営者のキャパを超える組織に発展する可能性がある反面、コントロールを間違えると、組織が空中分解してしまいますが、このような組織では従業員にどんどん権限移譲しますので、階層型の方が、親和性が高いでしょう。
 このように、経営モデルとの親和性も考慮すべき要素であり、投資対象となる経営者の資質にもかかわる問題なのです。

3.おわりに
 1人ではできないことを、皆で手分けするのが組織ですから、程度の差こそあれ、分業がその重要な要素となっています。分業すると、程度の差こそあれ、摩擦が生じますから、調整する必要が生じます。
 本章では、このような調整の視点から、事前の調整と事後の調整に分けて考えていますが、このような視点は、会社組織を機能的に考えるときに役立ちそうです。

※ 鈴木竜太教授の名著、「初めての経営学 経営組織論」(東洋経済)が、『経営の技法』『法務の技法』にも該当することを確認しながら、リスクマネージメントの体系的な理解を目指します。
 冒頭の引用は、①『経営組織論』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に、鈴木竜太教授にご了解いただきました。


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