見出し画像

経営組織論と『経営の技法』#67

CHAPTER 3.3:科学的管理法 ―― 良い方法を分析し共有する
 もう1つの合理的な組織のモデルとして科学的管理法を紹介します。科学的管理法と名づけられているように、これは組織のあり方というよりは、管理のあり方ということができるかもしれません。
 18世紀初めにアメリカで科学的管理法を提唱したフレデリックW・テイラーは、まず組織にとっての利益は、そこで働く組織メンバーにとっても利益であると考えることが重要であると考えました。そうでなければ、第2節で説明したような 官僚制の逆機能と同様に、命令される人は言われた最低限のことをしたほうが得だと考えてしまうからです。
 当時の産業社会では、資本家と労働者という関係が顕著でした。つまり、組織目標の達成はあくまで資本家にとっての目標であって、労働者はそのために雇われている存在である限り、労働者にとって勤勉に働くことは自分たちにとって意味がないことだと考えられていたのです。ゆえに、より生産性や能率を上げるということに関して労働者はあまり関心がありませんでした。単に研究するだけでなく、エンジニアであり、工場の生産管理にも携わっていたテイラーはこれに対して、組織が組織目標を達成し、利益を上げることは労働者にとっても利益につながることを示し、だからこそ、より生産性の上がる働き方、能率の良い働き方を考え、実践することを試みたのです。
 テイラーは科学的管理法という方法を通してこの資本家と労働者の関係そのものを変えようと考えたのです。その科学的管理法は大きく4つの原理によって成り立っています。
【出展:『初めての経営学 経営組織論』58~59頁(鈴木竜太/東洋経済新報社2018.2.1)】

 この「経営組織論」を参考に、『経営の技法』(野村・久保利・芦原/中央経済社 2019.2.1)の観点から、経営組織論を考えてみましょう。

2つの会社組織論の図

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 下の正三角形では、組織が、経営者の意思決定に貢献し(ボトムアップ)、経営者の意思決定を迅速・適切に実行する(トップダウン)ことが重要です。「衆議独裁」と称される経営の在り方は、このことを端的に表しています。
 特に、リスク管理の観点から見た場合、繰り返し説明しているとおり、その中でもリスクセンサー機能は全従業員が果たすべき機能です。人間の体に組織をたとえれば、体全体を皮膚が覆っていて、蚊に刺されたような微細な情報も脳に届けることができるから、人体が重大なリスクを未然に回避できる(リスク管理できるリスクの範囲が拡大される)のであって、会社組織も、全従業員がそれぞれの持ち場でそれぞれのリスクに気付くことが重要です。
 もちろん、規則やマニュアル、命令などで、必要な情報を感知して報告するようにコントロールできますが、命令で動く場合と、自主的に動く場合では感度が大きく異なります。鈴木教授が本文で指摘するような、労使対立が顕著で、言われたことしかしようとしない従業員ばかりになると、リスクセンサー機能にも限界が生じ、リスク管理能力が十分組織に備わりません。
 これでは、車にたとえると車やブレーキの機能が不十分な状態を意味します(もちろん、チェックして抑制する機能は、他の機関も有しますが、その点は省略しましょう)。いくら立派なエンジンを搭載しても、ブレーキの効き目を考えれば、思い切ってアクセルを踏むことなどできず、十分なスピードが出せません。極端な場合は、たとえば誰も止める者がいないために組織が暴走してしまう、という状況にすらなってしまうのです。
 言われたことしかやらない、しかも心の底では経営者に反感を抱いている、という状況の会社組織が十分な競争力を持たないことは、特に、素朴な商品を大量に販売するような市場で戦っているのではない限り、明らかなことです。
 まずは、本文で指摘するように労使対決が顕著な状況が、会社組織の競争力にとって、有利な状況ではないことを確認しておきましょう。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 本文では、経営者と従業員の間のコンフリクトが明確に示されていますが、経営者と投資家の間のコンフリクトも明確です。
 それは、会社法の中でも明確に認識されており、経営者は株主に対して忠実義務(fiduciary duty)を負うことが、そのことを端的に表現しています。これは、「所有と経営の分離」により、所有者は経営者に普段は余計な口出しをしない代わりに、経営者は、会社と自分の利益が矛盾する場面では会社の利益を優先しなければならない、という、いわば「自己犠牲」の義務です。
 コロンブスの例で言えば、コロンブスは、一度スペイン国王と経営者としての仕事を約束した以上、イギリス国王から高額のヘッドハントを受けてもそれを受け入れずに、西回りのインド航路を発見したら、イギリスではなくスペインに帰らなけらばならない義務を負います。
 そして、このような緊張関係自体が、経営者を牽制する機能そのものでもあります。忠実義務自体が、経営者に課せられた義務であり、これに違反した場合の責任も、古くから認められた法律上の責任です。

3.おわりに
 対立する構造は、ガバナンスの場面(上の逆三角形)では、会社法の構造問題として取り込まれ、ガバナンスの一部として機能しています。
 内部統制の場面(下の正三角形)では、労働法の問題として扱われており、かつては会社対組合の問題が主問題となり、近時はこの問題の比重が個別労働関係に移ってきました。
 前者では、会社と組合の協議によって、従業員の処遇などの問題が議論され、内部統制に関するルールが補充・修正されます。後者では、特に人事考課などによって個人の適性を見極め、それぞれに合った業務の配点や、配置転換などによって個別に解消し、個別にそれをモチベーションに高めていきます。
 このような、利害対立する要素を、組織構造や組織運営の中でどのように吸収し、さらにエネルギー源としていくのか、という点も、会社組織を考えるうえで重要なポイントとなります。利害対立する要素を抱え込んだままだと、組織が崩壊してしまうからです。

※ 鈴木竜太教授の名著、「初めての経営学 経営組織論」(東洋経済)が、『経営の技法』『法務の技法』にも該当することを確認しながら、リスクマネージメントの体系的な理解を目指します。
 冒頭の引用は、①『経営組織論』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に、鈴木竜太教授にご了解いただきました。


この記事が参加している募集

推薦図書

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?