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経営組織論と『経営の技法』#332

CHAPTER 12.3.3:変化に対応する ⑥対応その5 急流に身を置く
 また、もう少し別の言い方をすれば、常に組織を急流状態に置くことで、組織が変わり続けていくことを促すこともできるかもしれません。組織の中を秩序立てようと考えるのではなく、組織の中に意図的に混沌を生み出していくことも、組織変革の1つのアプローチということができるかもしれません。
 ホンダはもともとは二輪車の製造から始まりましたが、自動車の生産を始めてすぐに世界的な自動車レースであるF1に挑戦しました。当時のホンダから考えればとても大きな挑戦でした。しかしこの挑戦を通じ て、ホンダの技術者は現状に甘んじることなく、さらなる技術向上に奮闘することになります。
 これまでのやり方を大きく変えるような組織変革ではありませんが、新しい課題に対応するために、現状に安住することなく、さまざまな技術開発を行う圧力が技術者にかかったことを考えれば、F1 への挑戦という、組織にとって厳しい環境に置かれることで、1つの組織変革がなされたと考えることもできます。
【出展:『初めての経営学 経営組織論』283頁(鈴木竜太/東洋経済新報社2018)】

 この「経営組織論」を参考に、『経営の技法』(野村修也・久保利英明・芦原一郎/中央経済社 2019)の観点から、経営組織論を考えてみましょう。

2つの会社組織論の図

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 たしかに、これまでの分析で明らかになったように、会社組織自身が不安定な状況にあれば、ちょっとした刺激でその影響を受けることになります。なので、常に会社組織を不安定な状況に置いてしまう、という経営戦略も、1つの選択肢となります。
 安定した状況だからこそ実力を発揮する、というのが、終身雇用を前提とした年功序列型の日本型雇用システムの特徴とされてきました。コツコツと頑張ってくれる、という従業員の特性がこのシステムの構造的な前提でした。
 これに対し、不安定だからこそ実力を発揮する、というのが、ここでの指摘です。いつまでも古いやり方にこだわってないで、新しいやり方を考え出せ、という時代の要請は言うまでもなく物凄いプレッシャーです。実際、会社組織を変えなければならない会社は沢山あるでしょう。そのために、従業員にいつもチャレンジし続ける姿勢を持ってほしい、ということもよく分かります。
 組織が不安定だから人材が多様になるのか、人材が多様だから組織が不安定になるのか、簡単に状況が見えない状況の中で、会社組織の設計と運用もそれだけ繊細で高度な操縦技術が必要になってきたのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 投資家である株主から投資対象である経営者を見た場合、本文が紹介するホンダの事例は投資家全てが納得できる政策ではないでしょう。もっと売れる車やバイクを作るためにできることは沢山あるはずで、F1に投入している人材やお金、資材、時間等のコストを考えると、到底割に合いません。特に、四半期ごとの成果を求めるアメリカの株主にかかれば、このような収益性の証明できない支出は、単なる無駄な支出であるというだけでなく、大事なビジネスの機会をドブに捨ててしまうような会社を害する支出と評価されてもおかしくありません。
 経営者による、一見無駄とも思われる支出を許容できるかどうかは、投資家の投資姿勢(中長期的な会社の成長のための投資も受容するかどうか、など)にも関わってくる問題なのです。

3.おわりに
 組織が不安定な状況にあることを、組織変革の観点から検討してきました。
 けれども、特にホンダのF1への参加にも見られるように、これは中長期的な問題としてじっくりと取り組むべき問題についても適用される問題意識です。組織変革という特殊な状況の下で検討された分析結果ですが、このようにして見ると組織変革ではない場面でも応用の利く戦略を見つけることができました。

※ 鈴木竜太教授の名著、「初めての経営学 経営組織論」(東洋経済)が、『経営の技法』『法務の技法』にも該当することを確認しながら、リスクマネージメントの体系的な理解を目指します。
 冒頭の引用は、①『経営組織論』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に、鈴木竜太教授にご了解いただきました。


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