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経営組織論と『経営の技法』#61

CHAPTER 3.1:官僚制組織 ―永続性を持つ精密な機械
 第1節と第2節では2つの組織のあり方を紹介します。両者に共通するのは、ここまで説明してきた設計の考え方に準じて、きわめて合理的に設計、管理することを考えた組織のあり方です。
 まずこの節では、官僚制組織を取り上げます。官僚制組織は、20世紀初頭に活躍したドイツの社会学者のマックス・ウェーバーによって示された組織のあり方です。彼は古代中国や古代ローマなど、さまざまな政治形態を研究した結果、最も理想的な組織として官僚による組織を示しました。その考え方の根底にあるのは、永続的に精密に動く機械のような組織です。ウェーバーはこのような組織こそ、最も能率的な組織のあり方だと考えたのです。
 では、なぜこのような組織が能率的、つまり目標を達成するためには最も効果的な組織だと考えたのでしょうか。
 ウェーバーは、組織を支配する形態には大きく3つあると考えました。それらはカリスマ的支配、伝統的支配、そして合法的支配です。官僚制組織はこのうち合法的支配による組織になります。
 カリスマ的支配は、1人のきわめて力のあるリーダーが支配するような組織です。人々が命令に従う組織が動くのは、そのリーダーに特別な能力があるからです。能力もあり影響力もあるリーダーが参加者を束ねていく組織では、その人の能力が高いがゆえに組織はうまく動きますが、一方でその人がいなくなると、とたんに組織は動かなくなる恐れがあります。
 アレキサンダー大王は、一時その版図を地中海からアジアヘと広げましたが、彼の死後、国はあっという間に分裂してしまい、彼が作り上げたマケドニア帝国は滅亡してしまいました。彼がいるときは機能していた国が、彼がいなくなるととたんに動かなくなってしまったわけです。
 伝統的支配は、古くから行われてきた伝統による権威を用いた支配です。このような組織では、特定の人たちからリーダーを選んでいくような支配のあり方になります。徳川幕府が支配した江戸時代においては、将軍は徳川家の血筋から選ばれていきましたが、伝統的にそうなっているということが、それで選ばれた将軍の権威になっていたのです。しかし、やはり限られた人からリーダーが選ばれることや世襲になりがちだという点で、無能な人がリーダーになってしまう可能性があります。
 カリスマ的支配も伝統的支配においても、結局はリーダー次第で国や組織が動くと同時に立ち行かな くなってしまうことがあります。合法的支配に基づく官僚制組織はこのようにリーダーの能力によって組織が左右されるのではない、まさに機械のような組織をめざしているのです。ウェーバー自身も官僚制について「官僚制はひとたび完全に実施されると、破壊することの最も困難な社会現象の1つである」と述べて います。
 では、具体的に官僚制組織の組織としての特徴を見ていくことにします。官僚制の特徴は大きく7つあります。それらは、職務の専門化、権限のヒエラルキー、規則、非個人性、文書主義、そして専門能力と、年功に基づくキャリア形成です。まず、分業と調整にかかわる専門化とヒエラルキーについて見ていくことにしましょう。
【出展:『初めての経営学 経営組織論』49~51頁(鈴木竜太/東洋経済新報社2018.2.1)】

 この「経営組織論」を参考に、『経営の技法』(野村・久保利・芦原/中央経済社 2019.2.1)の観点から、経営組織論を考えてみましょう。

2つの会社組織論の図

1.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 ここでは、「組織を支配する形態」として3つが示されています。
 ここでの分類は、組織を支配する力に着目している点で、『経営の技法』の2つの三角形(上図)と共通する発想があります。誰がコントロールするのか、という支配形態と組織形態は、相互に関係しあうことは、組織が支配者のツールであるところから明らかです。
 ここでは、2つの点を指摘します。
 1つ目は、ガバナンスと内部統制の概念が分かれていない点です。たとえば、民主主義国家体制とされる一般的な国の組織を考えると、大統領や首相を国民がコントロールするのが、ガバナンスであり、大統領や首相が、行政機関などの統治機構をコントロールするのが内部統制になります。マスコミで時々、「首相によるガバナンスが効いていない」などと表現されますが、厳密には、ここは「首相による統制」と表現すべきこところです。
 もっとも、株主による経営者のガバナンスとあるとおり、ガバナンスには間接統治的な意味がありますから、首相は各大臣に官庁の運営を任せている、という意味で間接的なのか、あるいは内閣が各官庁に行政を任せている、という意味で間接的なのか、いずれにしろ首相は自ら政治をしない、というニュアンスで言っていることかもしれません。けれどもそうなると、株主が会社経営に対して無責任であるように、首相も政治に対して無責任、という意味にとられかねません(両者は論理必然の関係にはないはずですが)ので、やはり、「首相によるガバナンス」という言葉は、あまり適切とは思えません。
 話が少しそれましたが、実際に組織を経営する立場の者の有する経営権(内部統制)と、この経営者に睨みを利かせるガバナンスは、機能的に分けて考えられる場合が多いのです。
 ところが、上記3つの分類のうちのカリスマ的支配では、権力者が組織を直接コントロールしている内部統制の面が容易にイメージされますが、この権力者を誰かが牽制する、というガバナンスの面はイメージできません。「独裁者」という言葉が、このイメージに近いでしょうか。
 ところが、カリスマであっても、誰かに牽制されている、という形態も十分にあり得ます。それは、たとえば株式会社の中興の祖と言われるような経営者です。ガバナンス上は、株主に選ばれ、株主に対して配当する責任があり、株主に対して報告責任がありますが、内部統制上は、従業員から絶大な信頼を集めており、その経営者個人の才覚だけで会社が動いている場合です。
 同様に、伝統的支配の場合にも、徳川幕府であればガバナンスの面がイメージできません(京都の天皇が、徳川家を牽制していた、と言えるでしょうか?)が、実力のある経営者一族が歴代の経営者を輩出しているような企業の場合には、経営者一族が、経営者の経営に対して牽制を効かせており(ガバナンス)、他方、会社の従業員は経営者一族が伝統的に経営を継続している伝統や権威に対する信頼で指示しており、内部統制上は「伝統」が会社を動かす力の源になっています。
 したがって、上記3つの分類の場合にも、ここでは意識的に分けていませんが、ガバナンスと内部統制を分けて考えることは可能です。

2.内部統制(下の正三角形)の問題
 2つ目は、内部統制に関する問題です。
 内部統制の問題で見ると、カリスマ的支配の場合は、経営者に実際の権力が備わっている場合で、伝統的支配の場合は、経営者に少なくとも権威が備わっている場合で、合法的支配(官僚的組織)の場合は、経営者の権力や権限にとらわれない(経営者がいなくても機能する、という意味でしょうか)、という整理が可能と思われます。
 もっとも、官僚的組織は、カリスマ的支配の下でも、伝統的支配の下でも機能するでしょう。
 したがって、経営者の支配の方法や源泉と、組織の形態を分けて考えられることに気づくのですが、そうすると、ここでは、カリスマ的支配の場合と、伝統的支配の場合に、どのような組織形態なのか、すなわち、合法的支配に対応する官僚的組織のように、カリスマ的支配の場合と、伝統的支配の場合には、どのような組織形態が対応するのか、については明確に示されていません。
 特に、カリスマ的支配の場合には、おそらくトップダウン型の、指示が無ければ機能しないが、指示があれば組織が一体となって動き出す、典型的なワンマン会社のような組織がイメージされるのでしょう。そのようなイメージを具体化し、検証することも、他の組織形態の特徴を浮き彫りにするツールとして役に立つでしょうが、それは今後、折に触れて行われる作業であり、ここでは問題意識だけを共有してください。

3.おわりに
 細かいことを言いましたが、官僚制組織を検討する理由を確認しておきましょう。
 それは、官僚制組織の特徴を浮かび上がらせ、さまざまな組織の分析や設計に役立てる、ということです。良し悪しや優劣を決する、ということよりも、官僚制組織のこのような面は、このような特徴があるので、このような時には役に立ちそうだが、このような時には逆効果だ、という制度設計の選択肢を広げるような視点から分析すべきです。

※ 鈴木竜太教授の名著、「初めての経営学 経営組織論」(東洋経済)が、『経営の技法』『法務の技法』にも該当することを確認しながら、リスクマネージメントの体系的な理解を目指します。
 冒頭の引用は、①『経営組織論』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に、鈴木竜太教授にご了解いただきました。


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