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経営組織論と『経営の技法』#8

CHAPTER 1.2.1:組織の定義と組織の持つ要素②
 2つ目は、これらの人々の活動が共通の目的に向かって活動していることです。これは定義そのものには書かれていませんが、「調整された活動の体系」に含まれるものです。すなわち、活動の体系とは、目標を達成するために人々が組織のメンバーとして活動することを指します。これは反対に考えれば、人々の諸活動が共通の目的に向かっていなければ、それは組織とは言えないのです。
 たとえば、エレベーターに5人のお互いに知らない人同士が乗り合わせたとします。もちろん、ある人は2階のショップに行くために、ある人は4階のオフィスに行くために、というように、それぞれの人は、それぞれの目的があってエレベーターに乗っています。このとき、このエレベーターに乗っている5人は、組織とはいえません。なぜなら、共通の目的に向かって活動をしていないからです。
 しかし、ここで何かのアクシデントでエレベーターが止まったとします。一向に動く気配がなければ、5人は脱出するために相談を始め、脱出のための行動を起こすことになるでしょう。たとえば、誰かがエレベーターの非常電話をかけるかもしれませんし、あるいは携帯電話で外部と連絡をとるかもしれません。またあるいは、「あまり動くとエレベーターが落ちるかもしれないから静かにしよう」というかもしれません。
 いずれにせよ、それぞれの活動は、みんなが無事にエレベーターから脱出するという目標のためになされる活動です。このとき、エレベーターから脱出するという共通の目標の下、5人は組織として扱われることになります。
【出展:『初めての経営学 経営組織論』5~7頁(鈴木竜太/東洋経済新報社2018.2.1)】

 この「経営組織論」を参考に、『経営の技法』(野村・久保利・芦原/中央経済社 2019.2.1)の観点から、経営組織論を考えてみましょう。

2つの会社組織論の図

1.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 ここでも前回同様、株主と経営者、すなわち委託者と受託者の関係で見てみましょう。組織は投資の対象であり(株主目線)、組織は儲けるためのツールです(経営者目線)。
 ここで、投資対象(株主)であり、経営の客体(経営者)である会社組織(下の正三角形)は、この後に続けて検討するとおり、経営者と従業員のベクトルが一致しており、共通の目標がある、と評価できます。
 しかし、株主と経営者の間には、利害が対立する場面(矛盾する場面)もあります。たとえば、スペイン国王に雇われたコロンブスにとって、イギリスの持つ東回りのインド航路とは逆の、西回りのインド航路を見つけたい、という点では、両者の利害が一致しますが、儲ける、という点で見ると、スペイン国王とコロンブスでは利害が必ずしも一致しません。西回りのインド航路を引っ提げて、スペインのライバルイギリスに乗り込んだほうが、より多くの報酬がもらえるかもしれないからです。
 この意味で、スペイン国王はコロンブスと同じ組織とは言えない、つまり2つ目の条件が備わっていない、と言えそうです。
 もちろん、利害が対立する面があるからといって、お互い好き勝手にしていては、投資が成立しませんから、経営者は株主に対し、経営者になることを約束した以上は、自分の利益よりも株主の利益を優先すべき「自己犠牲」が求められます(fiduciary duty)。また、株主の利益を確保したい、という欲望こそが、ガバナンスによる牽制の原動力となっています。
 このように、ガバナンスの背景となる力学を考えれば、ガバナンスは、会社組織外のシステムであることが理解できるでしょう。

2.内部統制(下の正三角形)の問題
 ここでも前回同様、内部統制上考えられる、組織の5つの役割から考えましょう。
 5つの役割とは、経営者にとっての、①自分の意思決定に協力すべきサポーター、②自分の意思決定を忠実に遂行すべき下僕です。また、従業員にとっての、③労働を提供して生活の糧を得る場、④仕事を通して社会への貢献や自分自身の成長などの自己実現を図る場、⑤仲間とつながるコミュニティーです。
 この5つも、見方によってはバラバラですから、経営者と従業員の間には共通の目的があると言えないのではないか、という疑問が出てきます。
 けれども、経営者と従業員が一体となって会社が盛り上がり、ビジネスが大成功した状態をイメージすれば、この5つの役割が全て同じベクトルで一致することがわかります。
 すなわち、①従業員側からどんどんアイディアが出されて、経営者もチャレンジする意欲やアイディアに満たされますし、②従業員も経営者の指示を喜んで実行します。③業績が上がれば、長く働くことも、たくさん給料やボーナスをもらうことも、さらに退職金をもらうことも期待できます。④儲かる、ということは、会社の製品やサービスを社会が評価してくれたことになりますから、社会に貢献した実感や、その過程での苦労が報われる実感を得られます。⑤当然、職場の仲間とも大いに盛り上がることでしょう。
 このように、経営者と従業員の関係は、会社を盛り上げていこう、というベクトルの方向性自体は一致しています。スペイン国王とコロンブスのように、利害対立が先鋭化しているわけではないのです。

3.おわりに
 とはいうものの、冷静に考えれば、経営者と従業員の間で利害が対立することは、歴史的に証明されている事実です。経営者による「搾取」があったからこそ、労働法が生成発展してきました。
 他方、うまくいっているときには、投資家と経営者の関係は良好です。実際、(インドではなくアメリカ大陸でしたが)新たな航路を発見したコロンブスは、その翌年には、大船団を率いて再度アメリカ大陸を目指すほど、大きな力と財産を手に入れたのです。
 このように見ると、目的が共通するかどうか、という要素は、明確な境界線があるわけではなく、質的な問題というよりも量的な程度の違いの問題、と整理できます。
 エレベーターの例でも、共通の目的が強くなったり弱くなったりするものであって、どこからが「組織」成立であり、どこからが「組織」解消であるか、評価が難しい問題であることが理解できます。
 逆にいうと、組織の内か外か、という問題は、それ自体で意味があるというよりも、例えばガバナンスと内部統制を分けるように、概念を整理したり、考え方の違いを際立たせたりするなど、別の目的があって決まってくる側面もあるのです。

※ 鈴木竜太教授の名著、「初めての経営学 経営組織論」(東洋経済)が、『経営の技法』『法務の技法』にも該当することを確認しながら、リスクマネージメントの体系的な理解を目指します。
 冒頭の引用は、①『経営組織論』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に、鈴木竜太教授にご了解いただきました。


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